Chapter1 初恋の人

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期末テストを終えた日の放課後、わたしは第2音楽室にやって来た。 部活に顔を出したものの、例によって、また新しい曲のスコアを渡されたのだ。 今度は夏祭りで演奏するらしく、渡された2曲はどちらもポップスだったので、わたしはティンパニではなくドラム担当だ。 ドラムなので、個人練習をしてもよかったけれど、わたしはそもそも練習が好きじゃない。 それに、ピアノの楽譜と同様、ドラムスコアも読み取るのが苦手なので、一度完成形を耳で聴いてからの方が、すんなり叩きやすい。 というわけで、曲は家のネットで頑張って探すことにして、わたしは第2音楽室で軽くピアノを弾いて遊ぼうと思ったわけだ。 家の電子ピアノよりも、やっぱり本物のグランドピアノを触る方がいい。 だって、タッチは勿論、音が全然違うもの。 第2音楽室には誰もいなかった。 ピアノの前に座って、おもむろに鍵盤を押す。 静かな音楽室に、ポロンと、わたしが鳴らした音だけが響く。 ふいに、この静けさを壊したい衝動にかられて、わたしは両手を鍵盤の上に乗せた。 バーンッ! 勢いよく最初の和音を鳴らして、それから少しソフトに。 そしてまた、だんだんと強く。 高音を優しく押さえたあと、低音まで1音ずつ、一気に右手を滑らせた。 そこからは、昂る気持ちをギリギリ抑えるように。 ベートーベンの悲愴、第1楽章。 実は、この曲にどういう感情を乗せればいいのか、ずっとわからないでいる。 悲愴なんて日本語を理解できるほど、わたしは人生経験を積んでいない。  それにこの曲、わたしは全然悲しく聴こえない。 ただ、ものすごく激しい感情の波は感じる。 その激情に飲まれてしまいながら、鍵盤をひたすら叩くのが気持ちいい。
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