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お兄さんの話、どうしてやめちゃったんだろう。
お兄さんに対して、なにかコンプレックスでもあるのだろうか?
いつか、そういうのも話してくれるような仲になれればいいのに。
「よし、じゃあ今日は、この曲を奈々ちゃんにプレゼントするね」
わたしが退いた椅子に腰かけると、鈴木くんは横に立ったわたしに笑みを向けた。
そして彼は、ショパンの「革命のエチュード」をプレゼントしてくれた。
とても速い曲なのに、ものすごく滑らかに指を滑らす。
高速で奏でているはずなのに、1音1音はとても綺麗で深い。
だから、その速さや激しさを忘れるほど、主旋律の美しさが際立って聴こえた。
弾いたことないし、こんな難しい曲は弾ける気もしないけれど、もしわたしが弾いたら、この曲は革命ではなく破壊になるだろう。
これ以上ない完璧な演奏だった。
才能がないなんて、あり得ない。
お世辞抜きに、本当に素晴らしかった。
弾き終えた鈴木くんは、「1ヶ所ミスっちゃった」と舌を出して照れたように笑った。
「ううん、ほんとにすごかった。聴いてて鳥肌立っちゃった」
わたしが言うと、鈴木くんはすっと椅子から立ち上がった。
「ありがと」
彼はふにゃりと笑って、それから、わたしの頭をくしゃっと撫でた。
「えっ」
わたしの心臓が、革命のエチュードよりももっと激しく、バクバクと音を鳴らし始めた。
「あのさ、俺、奈々ちゃんが………」
「……な、なに?」
じっと見つめられて、心臓が止まりそうだ。
けれど、
「…………ううん、なんでもない。俺今日は帰るね」
鈴木くんは少し赤い顔でそう言って、「またね」と手を振ると、足早に音楽室を出て行った。
俺、奈々ちゃんが……何?!
この言葉の続き、わたしは期待してしまっていい?
早鐘みたいな胸の鼓動は、全然治まらなかった。
◇◇◇
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