Chapter1 初恋の人

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◆◆◆ 今日は土曜日で、大学は休み。 わたしは昼過ぎから母の運転する車に乗って、祖母が入っている老人ホームに出かけた。 医療、介護、看取り付きの、住居型老人ホーム。 認知症でも入れるホームは、新栃木駅の周辺にしかなくて、家から歩くと少し遠いからいつも車に乗って行く。 祖母はもう、今年の夏頃から何度か危篤になっていて、年内持つかわからないらしい。 「会えるうちに会っておきなさい」と母が言うので、2週間に1回はこうして母にくっついて来るようにしているのだ。 でも正直、わたしはここに来るのは嫌いだ。 祖母は認知症が進んでいて、わたしのことなんてもうとっくにわからない。 前回辺りから、ついに娘である母のことも忘れてしまった。 祖母は自分のことをどうやらハタチくらいだと認識しているらしく、だから、わたし達はもう「おばあちゃん」とは呼べない。 談話室で待っていると、車椅子に座った祖母を職員さんがつれてきてくれた。 「さくらさん、こんにちは」 わたしは祖母に向かって、そう挨拶をする。 わたしのことなんてわからないのに、祖母はとても嬉しそうに笑って「こんにちは」と言った。 それから母がいろんな質問をして、祖母が答える。 例えば「あなたのお名前はなんですか」とか「あなたの旦那さんは誰ですか」「誕生日はいつですか」とか。 まるで幼い子供にするような質問をする。 それをわたしは、ぼんやりと聞いているだけ。 あとは「さくらさん」の腕や肩を、わたしがマッサージしてあげるのだ。 マッサージも嫌い。 小さくなった肩なんて、痩せこけた骨みたいな腕なんて、触りたくない。 ……祖母が、明日にでも消えていなくなってしまう気がするから。
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