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満開の桜を照らす今宵の月は十五夜の満月……偶然にも妹の婚礼と重なってしまったが、今夜は一年前に芹野貞蔵と約束を交わした、まさにその日なのだ。
芽郎左と貞蔵は、同じ花形月影流の剣術道場に通う門弟仲間だった。
門弟の内でも図抜けて筋の良かった二人は次第に頭角を現し、いつしか道場で一、二を争う腕前にまで上達すると、互いに互いを好敵手と認め合うとともに唯一無二の親友ともなったのである。
だが、そこは最強を求めて競い合う者同士……袂を分かつ時は遠からず訪れた。
よる年並から後継者を考えた師である花形風月斎が、二人の内のどちらかに一子相伝の奥義を伝えることとなったのだ。
そして、その実力は拮抗し、どちらとも優越つけ難きところ、悩んだ末に師が選んだのは芽郎左の方だった。
親友とはいえ、選ばれなかった貞蔵がそのまま道場に残ることは彼の誇りが許さない。満開の桜が咲き誇る一年前の十五夜の夜、芹野貞蔵は道場を芽郎左に託し、自分は武者修行へと旅立って行ったのである。
ある約束を、芽郎左と交わして……。
あれから一年。月日が経つのは早いものだ……貞蔵はもう、あの野辺に立つ一本の桜の大樹の下で待っているのだろうか?
婚礼が終わってから向かうつもりでいたが、長いこと待たせるわけにもいかぬだろう……そろそろ、こちらも行かねばなるまい。
そう思った芽郎左は、屠蘇器を妹の膳の上に置くと、微かな衣擦れの音をさせておもむろに立ち上がった。
「あ! 兄上、旗色が悪くなったからって逃げるんですか? 花形月影流の後継とは思えぬ卑怯な振る舞いですわ」
「違う。厠だよ、厠。すぐに戻る」
口数の減らない勝気な妹に、芽郎左は苦笑いを作って嘘を吐くと、そのまま婚礼に浮かれ騒ぐ大座敷をこっそそり抜け出そうとする。
「男の友人…………ああ、衆道(※男色)の方ですか?」
そんな義兄の芽郎左を見上げ、若干天然らしき妹婿が少々遅れてから納得というように呟いた。
「いや、それも誤解だからね――」
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