花散る下の約束

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 折節、ちょうどこの界隈で野党が騒ぎを起こしていたこともその原因ではあったが、それ以上に彼を不利にさせたのはその容貌である。  着ている物は薄汚れて裾が擦り切れ、猛禽が如く鋭い両の眼に、左頬には古い刀傷まで刻まれている……長い諸国行脚の武者修行の旅は、彼の容姿をすっかり無頼の者へ変貌させてしまっていたのだ。  その上、代官の出羽が非常に疑り深く、人の言を一切信じぬ性格であったことがますます貞蔵の身を窮地に立たせた。  そうと事前に知っていれば代官所での弁明は考えず、こうして無抵抗に連行されたりなどしなかったものを……と、己の正々堂々とした振る舞いが今更ながらに悔やまれる。 「ま、急ぐこともあるまい。ゆっくりとその身に訊いてやる……牢に放り込んでおけ」 「ハッ!」  疑り深い性格の割に、自身の考えには微塵も疑いの余地を挟もうとはしない代官・出羽仁左衛門は、侮蔑するように貞蔵を見下ろすと牢長屋へ引き立てて行くよう部下に命じる。 「已む無しか……」  だが、代官の発したその言葉が、貞蔵に決意を固めさせた。  芽郎左と約束したのは今日の夜だというのに、こんなところで牢に入れられたりなどしては約束の時刻に間に合うどころの話ではない。 「おい! 立て…うわっ!」 「な、何をする…うぐっ!」  彼を立ち上がらせようと、首元を抑える棒の力を役人たちが緩めた瞬間、その棒を掴んだ貞蔵は目にも止まらぬ早業でそれを奪い取り、逆に自らの武器として二人を殴り倒してしまう。 「ついに本性を現しおったか! この下郎め……ひっ!」  続けざま、驚いた代官が咄嗟に腰の脇差へ手をかけるよりも早く、烏天狗が如き跳躍で一気に距離を詰めた貞蔵は、袖に隠し持っていた小柄(こづか)(※細工用小刀)の切先を代官の首筋へ押し付けていた。
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