冷凍パスタの女

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「……だから、さ。結婚」 「……え?」 「しませんか」  は? と息を飲んだ私を、強い風に吹かれた桜の花びらが包む。 「けっこん?」 「そう」 「私と?」 「そう」  空缶はとうとう彼の手でぺこんと握りつぶされて、私も彼もそれをぼうっと見つめていた。ただ桜吹雪だけが絶え間なくブルーシートに舞っている。このままいくと、淡いピンク色の花弁で二人とも埋もれてしまいそうだ。 「……私、お料理できない」 「俺、好きだけど。冷凍パスタ」  安いし、と彼は頬をかいた。 「学卒の初任給じゃ養っていけないと思うから、その、できれば奈緒ちゃんにも働いてほしいなとは思うけど……」 「……今から、間に合うかな」 「え、受けんの?」 「……、東京の企業なんて調べてないよ」 「パートとかじゃ、嫌?」  嫌じゃないけど、と口を閉ざす。まさか、そんな、自分がいかにも『主婦』な未来を想像したことはなかった。こんなことなら、東京の企業も受けておけばよかったのかしら。でも、たとえ受かっても転勤とかがある職種だったら困ってしまうし。でも、まさか結婚、なんて。 「私で、いいの」  冷凍パスタが得意料理の私でも? 「うん」  言葉少なく、彼は首肯した。そろそろ同期たちがこちらに戻ってくる気配がして、お互いそわそわと周りを見渡す。彼は視線を合わせないまま、早口に言った。 「奈緒ちゃんは、俺じゃ嫌かな」  私は激しく首を振った。  彼のことが好きだ。就職活動なんかに負けたくなくて、ずっと彼といられるようにと、こまごまと神経を使った冬が、終わりを告げる。先にゴールしたのは彼だったけど、そこに私を連れて行ってくれるという。 「そっかぁ……はぁ、よかった」  大げさにため息をついて、彼は空を見上げた。その横顔に、酔っ払いとは違った赤みがさしているのを見て、私はプロポーズの言葉をじわじわ実感する。  風が吹くごとに、桜が降って来る。  結婚式のフラワーシャワーみたい、と夢見がちに思って、私は熱い頬を押さえた。
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