第1章

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 今年の春の桜は早咲きだ。それで何が変わる訳でもない、と言うと間違いで、変わるのだ。 学生にあって社会人にないものの一つが長期休暇である。流石に年度初めと言えば新歓だのサークルの飲み会だのに加え、履修の登録、必修科目への出席等々…面倒なことが多い。けれど春休みは違う。私の心は浮き立っていた。 大学は市内だ。実家は府内ではあるが、市内ではない。カースト的最下位に位置すると勝手に思っている辺境の地にあっては、サークルやゼミの声も「少し距離が…」と言っておけば八割は回避出来る。多少は付き合いの悪い奴とは思われるだろうが、どうせ休みが明けてもさんざっぱら呑んだくれるのだから問題はなかろう。 ――失礼、長くなりそうなので要点だけ言おう。私は早咲きの桜であれば、喧騒を忘れ、ゆっくりと一人で楽しむことが出来ると言うことだ。そのためなら花粉も、この気怠い風も何のそのである。今日も今日とて、自費で買った酒――昔から家族が懇意にしている酒造の物だ――を湯呑と共に手提げ鞄へ入れ、徒歩十五分程度の公園へ。 その公園は山の中に作られたもので、中に入るとブランコ、鉄棒、滑り台、突起が付いた小さなドーム(正式名称は寡聞にして知らず)などがまず目に入る。両端にはそれぞれ、ろくすっぽ掃除もされていない御手洗と、寂れた東屋がある。すぐそこに雑木林が控えているので、夏は蚊が鬱陶しくて仕方がないのだが、春ならその心配もない。 小高い丘の上には、さらにそこから繋がる階段がある。そこを登っていくと、不思議な空間が広がっている。 子供たちには“秘密基地”、中高生なんかになると“聖域”だとか呼ばれているその開けた場所は、唐突に芝が生い茂り、桜が周りに植わっている。真ん中には謎のコンクリートで出来た物体がある。鉄の扉が施錠してあるので、私は引いてある電灯か何かの基盤やらがあるのだろうと思っているが、そこが開いているところを見たことはない。何かしらの化物がひょっこり出てきたとしても何ら驚きはしないだろう。 ともあれ、桜を見るのであればここが良いと思っていた。小さな山とは言え、一番高いところに位置するからだ。公園の向こうは神社の境内になっており、そちらに咲く桜もそれは美しいのだが、本宮には少々近寄り難い事情があった。人が多いのもそうだが、それよりも厄介なものが鎮座しているからだ。 「あら」
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