前説 : 強引すぎるスカウト

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「真上の教室で補習受けてたからね。ちなみに『あーばよ』も聞いてたよ」 「いやいや、そんな『まーきの』みたいな言い方してませんから。あんた本当に聞いてました!?」 「聞いてたよ!!君の声聞いてから創作意欲バンバン湧いて、ほら、台本できちゃったんだよ。」 先輩はカバンの中からそこそこ厚みのある紙の束を出した。 「台本!?昨日今日で!?」 「授業出ないで書いてたからね。 「授業は出ましょうよ。」 そういや今だって、本来なら授業中だよな。この人さっき補習とか言ってなかった?三年なのに大丈夫なのか? 「まぁまぁ。で、出来たは良いけど、決定的に足りないものがあって」 「なんですか…」 視線を台本から先輩の顔へ移した瞬間、俺は少しびびった。こんなに真っ直ぐな目をした人は、少なくとも俺の周りにはいない。 「役者。うちの劇団にいる役者全部合わせても、この台本に一人足りないんだよね」 「…じゃあいらない役一人削れば良いんじゃないですか。」 「え、やだよ。いらない役とかないし」 「…兼役とか」 「それもダメ。それぞれの役者をイメージして書いてるんだから。もう配役は変えないし、代理とか無理。」 「だったらなんで一人分多く書いたんですか。」 「だからー、君があのとき叫んだから。湧いちゃったイメージはもう消せないし、消したくないの。」 「俺のせいですか。」 先輩の指がページをめくって、俺もそれを目で追う。なにやら役名のようなものが連なっているページを開いて、『間宮 透』の文字を指差した。 「だからそう言ってるじゃん、この役やってよ。」 「今初めて聞きましたけど!?無理ですって。本当に。俺、演劇とか経験ないし。」 「…わかったよ。じゃあ今日はもう帰るね」 「……あ…話聞いてくれてありがとうございました…。ちょっとスッキリしました。」 追い返すような形になって、少し罪悪感を覚えた。先輩が話を聞いてくれたから気持ちが楽になったのは本当だ。案外良い人なのかも知れない。 「そう?ならよかった。じゃ、また明日ね」 「はい!また明日!………ん?明日?」 次の日から毎日のように先輩は授業をサボってコンビニに現れ、レジの前で頬杖をつきながら、劇団に入ることをゆるく勧めてくるようになった。営業妨害で訴えたいところだけど、妨害になるほど客がいないのも事実だ。 この日から五日間、俺は先輩からの勧誘をやんわりと断りつづけた。
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