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こんなタイミングでなくても両親にシバケンのことを言うつもりはなかった。父が良く思わないのは分かっていたことだ。シバケンをバカにされることには耐えられない。父に何と思われようと、私にとってシバケンは尊敬するべき対象なのだ。
もう絶対に父とは分かり合えない。何度も考えた家を出るという決断を本気で実行しようと決めた。父と縁を切ることすら本気だった。
◇◇◇◇◇
「目撃情報っていっても証言した人も見た目が怪しいとか、不審な動きをしてるってだけで通報したらしくて、よく確認したら自信がないようだったしね」
「そっか……残念ですね」
電話の向こうのシバケンの淡々とした声に私は暗い声で返事をした。非番のシバケンは疲れているだろうに、私と会えない日はできる限り電話をしてくれる。
通り魔事件の犯人は結局捕まらなかったらしい。曖昧な情報だったせいか捜査員も混乱し、もし本当に犯人がいたとしても上手く逃げてしまったのかもしれない。
また同じような事件が起こったら怖いと胸が締め付けられるようで苦しい。私でもこうなのだから被害に遭われた方は今ものすごく苦しんでいるのだろう。シバケンにはそんな私の様子は電話では気づかれない。
「実弥ちゃん、大丈夫だよ。通常より多く捜査員がいるし、俺らも中央区内を回ってるから」
「うん……」
シバケンにはもしかしたら私が被害に遭っていたかもしれないことは伝えていた。明るい時間でも駅から会社まで歩くだけでも怖いし、頻繁に後ろを振り返ってしまうことも正直に打ち明けた。
私が少しでも安心できるようにとシバケンは毎朝LINEをくれるようになった。捜査状況を教えることができない代わりに、会社に着いたかどうかを心配してくれている。退勤後も家に着くまでメッセージをやり取りしていた。
「シバケンがいてくれるから大丈夫」
私は明るい声を出した。
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