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指定された場所へ行くと白いワンボックスカーがハザードランプを点滅させて停まっていた。運転席にいる男の顔と身なりを確認するためには一度通りすぎて前へ回り込まなくてはならない。いずみは歩道の隅を歩き車を一度通りすぎる。肩に掛けたカバンを握る手に力が入る。スマホを取り出し人待ち顔で辺りを見渡す。視界にちらりと入った運転席の男がうつむいているのを確認してからじっと見る。禿げた中年や不細工や気持ち悪い男が来るとばかり思っていたいずみは男の顔を見て安堵する。気持ち悪いどころか、名前が浮かばないがテレビでよく見る俳優に似ている。
制限時間は五分。
お互いに、気に入らなければその場を去る約束になっている。いずみは腕時計を確認しようと手を上げる。時間はとうに過ぎている。男がこちらを見る。行こう。いずみは決める。車の助手席のドアに手をかける。ゆっくり開けると柑橘系の芳香剤のにおいがする。男は前を見たまま何も言わない。いずみは車内に乗り込む。バタンと扉を閉めると外界の音が遮断される。
「いいの」
男が小さく言う。
「はい」
いずみは答える。
ハザードランプを消した車はゆっくりと発進する。
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