ガラス越し

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 近代美術館に展示された一枚の絵。画面の中でからみあう14匹の猫が、飛び出さんばかりに描かれている。  生前の夫が大好きだった絵だ。つまり、夫は大の猫好き。ところが、わたしは極度の猫アレルギー。そばに寄ってきただけで目が痒くなり、涙まみれになってしまうのだ。  夫は仕方なくその絵の複製画を買い求め、居間の壁に飾った。それをながめながら、膝の上で猫を抱いている自分の姿を想像していたのだ。  昨年夫に先立たれ、先月一人娘は嫁いでしまった。そんなに広いマンションではないが、ひとりぼっちは寂しい。  テーブルの上のスマホが動いた。どうせ娘からだ。結婚と同時に猫を飼いはじめ、毎日のように写真を送ってくるのだ。  送られてくる子猫の写真は、どれも可愛い。でも、おかげでわたしは娘のところへ行けなくなってしまった。  アレルギーのことは分かっているはずなのに、いったいどういうつもりなんだろう……  レジ打ちの仕事を終え、7時過ぎにマンションに戻る。体がだるく熱っぽい。体温計を脇にはさみ、ソファーに寝そべった。  そういえば、洗濯物を出しっ放しだ……  寝転んだまま、ベランダに目をやる。 「あらっ?」  ガラスサッシの向こう側に、部屋の中をのぞき込んでいる猫がいる。わたしは起き上がり、引きつけられるように、猫のそばに近づいていった。  目の前にいるのに、いっこうに逃げる様子が無い。中に入れて欲しいのか、後ろ足で立ち上がり、ガラスサッシに肉球を押し当てた。  サバトラの毛並みが美しい大柄な猫。精悍な顔つきは、たぶん男の子だ。 「ごめんね、入れてあげられないのよ……」  話しかけると、甘えたような声で鳴いた。でも、わたしは見ているだけでサッシを開かない。猫は、恨めしそうな顔でわたしを睨んだ。 「お腹が空いているのかも……」  乾物入れを探ると、煮干しが少しだけ残っていた。サッシをずらし、そこから放る。猫はサッと煮干しをくわえ、あっという間に平らげてしまった。  食べ終わると、満足したように毛繕いを始める。身だしなみが整うまで約5分。再び、わたしを見つめる。でも、サッシは開けない。あきらめた猫は手すりに飛び乗り、夜の闇に消えていった。
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