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午後のひとときに紅茶を頂いていると、ドアに付いたチャイムが来客を知らせました。
「いらっしゃいませ」
見ると、若いご夫婦と小さなお嬢様です、お嬢様は明らかに不機嫌でした。
可愛らしいので眉間に皴を寄せていても、様になっておられますが。
仕立屋を始めて数年経った頃の話です。
いらっしゃるお客様は新しい服に出会う喜びに溢れているのでしょう、皆にこやかにいらっしゃるのに、ましてやお子様がこんなにも不機嫌だなんてと、どうしたのだろうと感じたのを覚えています。
「あの。子供の服を直していただきたいのですが」
旦那様がおっしゃいます。
「かしこまりました、拝見させていただいてよろしいですか?」
奥様が「はい」と言って、紙袋から女児用のスーツをお出しになります。
ジャケットは黒に近い紺色で、胸ポケットにハートのモチーフの濃いピンクと金糸の刺繍が素敵です。
スカートは赤系のタータンチェックで、プリーツがたくさん寄せられている可愛らしいデザインでした。
「この子には少し小さいようなので、大きくしてもらいたいのですが」
「はい──しかし、失礼ながら……」
私は言うのを躊躇いましたが、お伝えはしないといけないと思いました。
「これは量産されたお安いもの、ですよね。小さくなさるならまだしも、大きくするとなるとお値段が張ります、正直、新しいものをお買い求めになるほうが、断然お安く済むのではないかと思いますが」
私が言うと、ご夫婦は揃って優しく微笑まれました。
「いいんです、どんなにお金がかかっても、この服をこの子に着てもらいたいんです」
それは、大切な事情がおありのようです。
「実はこの服は──この子の二歳年上の姉のものです。姉は小学校入学の直前、交通事故で亡くなりました。この服を着て入学式に出るのを楽しみにしていたのに……なので私達はこの服を捨てられずにいました。だからこの服をこの子に着てもらいたいんです、姉も一緒に入学式に参加させてやりたくて」
「そうでしたか」
私が言い終わる前に、女の子は声を上げました。
「そんなの着ない!」
なるほど、それで怒ってらしたんですね。
「わたしはおねえちゃんのかわりじゃない! ぜったいそんなの着ないから! そんなの着るくらいなら裸で行く!」
「えっちゃん!」
奥様が声を上げます、ふうむ、これは困りました。
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