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「エンブレム? 刺繍し直すと言うの?」
奥様の驚きはもっともです。
「はい、新しい布地に刺繍して縫い付けます。私に刺繍の技能はありませんので、知り合いへお願いしますが、私からのプレゼントです」
お代は心配しないでというつもりで言いました、せめてエンブレムくらい江里夏様専用があればと思ったのですが。
「江里夏様、どうなさいますか?」
江里夏様は大きく頷きました、私の意図は判ってくださったようです。
「どんな模様致しましょうか?」
今はハートのモチーフが刺繍されています、江里夏様は明るい声ですぐに答えてくださいました。
「うーんとね、イルカがいい!」
「イルカ、ですか」
少し意外な回答です。
「この前、お父さんとお母さんと水族館に行ったの! その時見たショーのイルカが凄かったから! おねえちゃんにも見せてあげる!」
私は口元が緩むのが判りました、もうこの方にお姉様の死は重苦しいものではなくなったようです。
ご両親も互いに見つめ合ってから、安堵したように微笑まれています。
「判りました、イルカの刺繍に致しましょう。でもこの色のスカートに青系では浮きそうですね、ピンクのイルカに致しましょうか」
「うん!」
まずはデザインを決めました、私の絵は、少々独創的ですが……熱意は伝わったようです。
イルカの色味も確認いたしました、ピンクと言うには薄い、淡紅色をお選びになりました。
後日、友人に頼んで刺繍してもらったイルカは、宙に飛び出したように尾を跳ね上げ、周りに水を模した模様が取り囲んでいます。
それを見た江里夏様は、とても喜んでくださいました。
その姿を見て、珍しく、とてもいい仕事をしたと嬉しくなった事を、今でも時々思い出します。
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