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それは、桜が咲き誇る春。
一眼レフなるものを手に入れた僕は、カメラを手に散歩に出かけることが増えていた。
熟練者から見れば僕の写真はどれも拙くて、とても人の心に何か残せるものではない。
でも、シャッターを切るたびに違う姿を見せてくれるその様が嬉しくて――つい夢中になっていた。
きっかけは、つい先日出会った大きな桜。
人通りの少ない道路に面したここの近くには朽ちかけた廃病院があるだけで、花見には到底向いていない。
人知れずひっそりと咲く桜に目を奪われ、最初はスマホで撮っていたのに我慢できなくなったその足で一眼レフを買いに行った。
一本の太い幹から伸びた枝には、いろんな色の桜が咲いている。
ふわりと儚げで、今にも消えてしまいそうな白色。
ほんのりと色づいて頬を染めた幼い少女のような薄紅色。
中心を赤く染め、どこか色気のある赤紅色。
どれも綺麗で、初めて何かを愛おしいと思った。
「ほんとに綺麗だなあ」
こんなに見事な桜を独り占めできることが嬉しくて、液晶モニターに並ぶ写真を見つめる。
初めて買ったカメラの写真は、同じ桜の木しか映っていない。
まるで取り憑かれでもしたみたいだとひとり笑い、ふと一枚の写真にくぎ付けになった。
「……あれ? これ、なんだろう」
太い幹の端に、桜ではない何かが映り込んでいる。
白い布のようなそれは自分の目で確認しても、どこにも見当たらない。
「おかしいな……」
もう一度ファインダーを覗いてみると、真っ白なワンピースを着た女の人が笑っていた。
思わず息を飲んだけれど、不思議と恐怖は感じない。
そっと吹き付けた風が花びらを舞わせ、彼女の髪が揺れる。
パシャリ。
すべての音が止んだ世界で、シャッター音だけがゆるく響く。
「……うまく撮れた?」
モニターに映る彼女は、僕のすぐ隣で笑っている。
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