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自分から見知らぬ女の子に声をかけたことはないし、こんな風に初めて会う子と気軽に話せたことは一度もない。
どこか自由で、壁のない彼女に気圧されるように僕はカメラの使い方を親切丁寧に教えた。
とはいっても、僕も数日前まで一眼レフなど触ったことのないど素人だ。
ふたりで交互に撮っては納得いかずに肩を落とした。
撮った写真を見せ合って、点数をつけたり。
無難な点数をつける僕に比べ、彼女のそれはとても辛辣だ。
褒めてはくれるくせに50点いけばいいほうで、だいたいはテストなら追試は免れない赤点ばかり。
「辛口すぎる」
「成長には厳しさが必要なのよ?」
くすくすと笑う彼女の綺麗な髪がやわらかな風に揺られ、今にも消えてしまいそうだった。
「あ……」
「なに?」
思わずその冷たい手を掴んでいた。
下心はないと、ついさっき思ったはずなのに。
どうしてだろう。消えてしまいそうな彼女を、ここに引き止めたくて仕方がなかった。
「あの、明日も、来る?」
「……君は?」
「来る。また、この桜を撮りに」
君に会いに――とは、言えなかったけど。
彼女は嬉しそうにほほ笑むと僕の手を握り返してきた。
「私もいるよ。ここに。君を、待ってる」
「……うん」
ぎゅうっと何かに心臓を掴まれたように胸が苦しくなった。
嬉しいような、名残惜しいような。
不思議な思いを抱いたまま、彼女と別れた。
また、明日。
誰かとそんな約束をするのは初めてで。
写真を褒められたことも、当然初めてで。
彼女と過ごす時間が、何よりも待ち遠しかった。
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