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「なんで、なんで……!」
「ちょっと、危ないから入らないで!」
がたいのいい男の人に行く手を阻まれて、歯を食いしばった。
誰も、見えちゃいない。
桜の木の下で、力なく横たわる彼女の姿なんて。
「君は……っ!」
「ほら、早くあっちに行って。邪魔だよ」
強い力に抗えず、持っていた写真が散らばっていく。
そこに映った桜と、彼女。
一枚ずつ拾い上げるたびに彼女と出会った日のこと。彼女の言葉。笑顔。いろんなものが、蘇る。
ここにいると、彼女はいつも言っていた。
清らかだったり、華やかだったり、妖艶だったり。
いろんなかおを見せる彼女は、桜そのものだった。
なぜ、今まで気付いてやれなかったんだろう。
「お兄さん、危ないからこっちへおいで」
「……誰」
突然現れた腰の曲がったおじいさんは、僕の質問には答えず写真を拾い上げてくれている。
「君の目には、こんなにも美しく映っていたんだねえ」
「え?」
写真を見つめるおじいさんの目は、ほんのりと涙で潤んでいる。
おじいさんに案内されたのは、朽ちかけた廃病院。
埃っぽいけど外観よりずっと綺麗な廊下を進んでいくと大きな窓があった。
窓から見える桜の木は、花びらが散ってしまって新緑の葉も多く見えるのに、ただただ美しかった。
「ここから見る桜が大好きでね、病院は閉めてしまったけど残しておいたんだ」
懐かしむように目を細めて桜を見つめるおじいさんは、まるで大切な宝物のように写真をぎゅっと胸に抱いている。
「……けれど寿命なのか幹も腐朽して、ここ数年は花もあまり咲かなかったんだ」
「そう、なんですか」
「この病院も取り壊すことが決まっていたから、一緒に切り倒すことが決まっていてね」
「……」
「まさか最後の年に、こんなにも見事に咲き誇るとはねえ。君が写真を撮ってくれていてよかったよ」
おじいさんに返事をしなくちゃと思うのに漏れる嗚咽のせいでなにひとつ言葉にならない。
カメラを強く抱きしめて、膝から崩れ落ちた。
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