(〇一)

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「なぜです?」 「安達の要求だ。君に現場に姿を見せることは許さん、事件の再捜査をしろ…とな」 「では、私にどうしろと?」 「状況がわかるまで、現場に行かずに指揮をとれ」 「しかし…」 「これは命令だ。現場は楠警部に任せろ。それ以外の対処方法に関しては、君に一任する」 「わかりました」  霧島は憮然とした表情で、安達の写真を倉井に返そうとしたが、いらないという素振りを見て、写真を手にしたまま部屋を出た。  霧島は通路を歩きながら、スマホを取り出して通話をする。 『はい、楠』  と、四十年配の男の声がした。 「霧島や。事情は課長から聞いた。状況を説明してくれ」 『はい…安達はライフルと爆弾らしき代物を手に、コンビニを襲撃、籠城を始めてすぐに当時、店内にいた従業員や客に手伝わせて、裏口なんかにバリケードをこさえたさせよった後、若い女性を一人残して、あとは全員、解放しよりました』 「解放した? すると、今人質はその女性一人なんやな?」 『はい』  霧島は立ち止まって考えた。 「楠、安達はなんで人質を一人だけにしたんやろ?」 『さあ、こっちでは一人の方が監視しやすいからやないかとみとりますが…』  楠の意見はもっともだった。  しかし、それは現場全体の意見であって、楠個人の意見でないことは、言葉尻が弱いことでうかがえる。  霧島は再び歩き出す。 「わかった。それから私はもうすぐオフィスにつくから、十分以内に一度、そこのコンビニに電話して安達と話したい。せやから、そのことを安達に伝えてくれ」 『わかりました』 「ところで、そっちにはお前の他に、誰が行っとる?」 『ムラさんと葛城と佐和、それと女性二人以外は全員連れて来とります』 「わかった。またあとで連絡する」  霧島は歩きながら通話を終えると、《捜査一課ゼロ係》と書かれたドアを開けた。  このゼロ係とは、名称や所属こそ捜査一課だが、実際には捜査課全般が扱う事件で、応援が必要、或いは、人手不足の遊撃部隊である。  こういうと、補欠要員的な部署といった印象を与えるが、これは、捜査官として優秀だった霧島自身が事件に大小はないという信念のもと、あらゆる犯罪事件の捜査ができるポジションを模索した結果、倉井の肝いりで設立された係なのだ。  人員は霧島を責任者に、捜査員が八名と事務及び予備捜査員として婦警が二名の計十一人である。
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