(〇一)

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 霧島は頷き、 「それから彼はなんで、多くの人質を取ることができたのに、それを一人だけにしたのか…」  そう言いながら電話器の時刻を見た。 「ムラさん、五年前の事件に関してはあとで聞くわ」  霧島は朱里から受け取ったメモを見て、ダイヤルボタンを押してから、スピーカーボタンも押した。  カチリと音がして、相手が出る。 『はい…』  と緊張した若い男の声がした。 「安達咲也か?」  霧島が問う。 『…あんたは?』 「君に指名された男や」 『ほな、あんたが霧島警視なんか?』 「そうや」 『本物か?』 「本物や…と言うても、声だけじゃ信用せえへんやろな」 『…だから?』 「私がそこへ顔を出す」 『駄目だ。もう聞いているやろうけど、あんたは五年前の事件を調べるんや』  「だが、私が本物の霧島かどうかの判断はどないするんや?」 『信じるわ』 「なに?」 『あんたが本物の霧島警視やて信じるわ。せやからはよ事件のことを調べるんやで。連絡は二時間おきにするわ。ほな…』 「待て! 信じる根拠はなんや? それと、なんで私を知ってるんや?」 『さあね』  そう言うと、電話は安達の方から切られた。 「今の電話…」  そう朱里が呟くと、 「それが…?」  と、霧島が受話器を戻しながら聞き返した。 「こっちもスピーカーにしてましたから、ハッキリとは言えませんけど、相手もスピーカーにしてたような気がするんです」 「そう言われると、妙に周囲の音が鮮明に聴こえてた気がしまんな」  と、村瀬が言う。  霧島は少しばかり沈黙すると、 「考えられることは、私の声を誰かに聴かせたかったことや」  そう結論づけた。 「確か、今、あのコンビニにいるのは安達以外には人質が一人だけでしたな」  と、村瀬が言う。 「そうや」 「すると、こういうことでっか…安達は人質に管理官の声を聴かせたかった…でもなんでや?」  と、村瀬は自問自答するように言う。 「声か…」  霧島が呟く。 「声といえば、安達は私の声を聞いただけで、簡単に私を信じると言いよった。それはなんでか…」  すると突然、朱里が、 「人質の女性が管理官のことを知ってる!」  と、大きな声で言った。 「そうなるわな」
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