(〇一)

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 霧島はそう言うと朱里に、 「確か氷室が人質に関して調べとると言ったね?」  と、尋ねると彼女が、 「はい。ですから、楠警部たちには遅れて合流しているはずです」  そう答えた。 「それなら、そっちは氷室の報告待ちやな。ムラさん、五年前の事件について、聞かせてもらおか」  村瀬は手帳を取り出して開くと、五年前の傷害事件について語りだした。  事件の顛末はこうである。  被害者は柳川圭史(当時二十七歳)で、安達の供述によると、事件当時、柳川は安達の高校時代の先輩であり、安達が派遣登録している派遣会社の正社員として働いていた。  当時、安達は柳川の同僚である池上誠子(当時二十三歳)と付き合う寸前にまでいっていたのだが、そこへ柳川が割り込み、揉めた末、安達が柳川に全治三ヶ月の重傷を負わせた上、止めに入った誠子にも軽傷を負わせたのである。  安達は誠子に怪我を負わせた負い目もあって、すぐに自首し、全面自供をした。  担当した刑事も、安達はすんなりと自白したので、取り調べは楽だったと言っている。 「それだけかいな」  村瀬から概略を聞き、霧島は拍子抜けした。  事件内容の単純なこともあるが、今の話に、霧島の知っている名前がいないということである。  そのことを村瀬と朱里に言うと、 「そら、ますます妙でんな」  村瀬が首を傾げて呟いた。 「それと、ムラさんの言うとおり、安達が自首しているのに、再捜査の要求というのも変やな…」  霧島が、さっき村瀬が言った言葉に同意する。 「それでムラさん、今、その柳川圭史と池上誠子はどうしているんや?」 「いや、まだそこまでは…事件当時の所在地は聞いてますんで、これから当たってみるところですわ」 「なら、私も行こう」  と、霧島は立ち上がり、 「宇野、あとは頼むで」  そう朱里に言って、村瀬と部屋を出るのだった。
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