790人が本棚に入れています
本棚に追加
「は? お前が困ってるから傘に入れてやったんだろ。なんでふつうに、ありがとうって言えないんだ? 親切にされるのが怖いのか。お互い濡れるのが嫌だから一緒の傘に入っているだけだろ。たとえばさ、こんな雨の日に、お前が傘を差して歩いていたとする。向こうから好みの女がずぶ濡れになって歩いてくる。お前は素通りするか、傘に入れてやるか、どっちだ?」
「……素通りするよ。可哀そうだけど。声をかけたらナンパだって勘違いされるし、そんなの嫌だから」
「情けないな」
男は呆れた顔をして首を振り、湿った頭をガシガシ掻いた。
「草食系ってやつか……いや、違うな。お前は、俺みたいなマッチョが好きなんだろ?」
ギクリとした。男の体をじろじろと見ていたのを、気付かれていたのか。
「好きって言うか……憧れてるんですよ。俺、こんなんだから」
身長は百七十センチあるのに、体重は五十キロしかない。日に焼けてもすぐに肌が赤くなり、健康的な小麦色になったことが一度もない。全身が白くて細い。こんなひ弱な体だから、同じ大学の女にはモテないし、数少ない友人からも、合コンに誘われないのだ。恋人だけは、抱き上げられるほど軽い速人の体を気に入っているらしいが。
「じゃあ、鍛えればいいじゃん。水泳、教えてやろうか」
「一応泳げますから」
泳げるはず、と心の中で訂正した。小学校を卒業して以来、一度も泳いでいない。ラッキーなことに速人が通っていた中学、高校はプールが設置されていなかった。大学では水泳の必修科目はない。
「とにかく歩こうぜ。家、近いんだろ?」
最初のコメントを投稿しよう!