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カイトの指が、速人の首筋をなぞった。耳の付け根近くに、恋人が付けた所有の印がある。速人は今日、マフラーを巻かずに外出したことを後悔した。
「独占欲丸出しだな。こんな目立つ所につけて。それでお前は満足なんだろ? 自分は愛されてるってさ。傍から見れば滑稽だけどな」
なんで初対面の人間に、ここまで言われないといけないのか。俯いていた速人は、頭を上げてカイトの顔を睨みつけた。だが男は怯んだ様子を微塵も見せず、肩を竦めて苦笑しただけだった。
――違う、この湧き出てくる苛立ちは、目の前の男に対してじゃない。図星を差されて何も言い返せない自分が、反吐が出るほど嫌なのだ。でも、自分を変えられない――どうしようもないもどかしさに襲われ、速人は唇を噛みしめた。
「ここの近くにある区営プール、知ってるか? 明日の夕方来いよ」
傘をぐっと胸に押しつけられ、反射的に速人は受け取った。知らない間に、雨は小降りに変わっている。
「絶対来いよ。変わりたいなら」
背中を向けたカイトは、元来た道を引き返していく。街灯のない道は、歩き去る男を素早く闇に消した。
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