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カイトに指摘され、速人は慌てて顔を擦った。否定しようと口を開きかけたとき、奈々が「お待たせしました」と言って、速人たちが頼んだものをテーブルに置いた。油と醤油とニンニクが絡みあった、食欲をそそる匂いが漂う。速人は少しだけ、冷えたビールが飲みたくなった。
「あ、奈々ちゃん。瓶ビール一本もらえる? グラスはふたつお願い」
「え? ふたつですか? ……もしかして、私もここに座って飲みなよってことですか?」
嬉しそうな声で奈々が言う。一瞬、意味が飲み込めなかったが、テーブルにある空のグラスを見て納得した。このグラスを入れるとみっつになる。
「あ――そうなんだけど……奈々ちゃんは仕事中だもんな」
「大丈夫です! 私、お酒強いから。お客さんもあまりいないし」
じゃあ三人で乾杯しようか。そう言おうとしたとき、中年のひとり客が「会計お願いします」と奈々を呼んだ。奈々が慌ててレジの方に走っていく。その姿をぼんやりと見ていた速人は、突然明日の午後、会社の一次面接があることを思い出した。今夜は酒を飲んでいる場合ではない。
レジ仕事を終えた奈々に、速人はビールのキャンセルを申し出た。すると奈々が、あからさまに残念そうな顔をした。
「あーあ、奈々ちゃんがっかりしちゃった」
カイトが茶化すような調子で言った。
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