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奈々は不機嫌になってしまったようで、カップル客が店を出たとたん、さっさと厨房の中に入ってしまった。いつもなら、奈々がふたりの席に来て、おしゃべり相手になってくれるのに。仕方なくふたりは、オーダーしたご飯を黙々と食べた。
この店のメニューは、質よりも量だ。すべてを食べ終えたときには、腹がパンパンに膨れている。セルフサービスのウォーターサーバーで水のお代わりをした後、速人はレジの前に立った。人気ひとけを察したのか、足音を立てて奈々が厨房から出てきた。彼女に請求金額を告げられ、速人は自分の財布から千円札を二枚引き抜いた。奈々から貰った釣銭を財布に入れるときに、中身の残高を確認する。
――思っていたよりも、だいぶ減ってるな。外食をし過ぎたか。
親の仕送りと、紘一からのカンパだけが資金源なのに、ハメを外してしまったようだ。
「ごちそうさま」と、速人が奈々に声をかけると、彼女が小さな声で、「速人さんは」と話しだす。
「速人さんは、誰にでも可愛いねって言うんですか。もしそうだったら……ちょっと嫌かも」
反応を窺うように上目づかいで見つめられ、速人は返事に詰まった。
――いや、それを言ってるのはカイトであって、俺じゃないから。もしかしたら、一回ぐらい便乗して自分も言ったかもしれないが。言いだしっぺはカイトだから。
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