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紘一
微睡のなか、温かい腕に抱きすくめられる感触がした。そんなことをしてくるのは一人だけだ。横向きになっていた速人は、自分の胸にくっついている厚い胸板に手を置き、そこを起点に、徐々に上のほうに這わせていく。薄闇の中、速人よりも太い首、無精ひげの生えた顎、薄い唇、形の良い鼻――触り慣れた恋人の顔を確認する。
「紘一……? おかえり」
すでに弛緩している体が、更に力を失い、ぐずぐずと溶けていく。条件反射のようなものだった。紘一の浮気やら、速人に対する女扱いやらで、別れたいと思ったことは何度もあった。それでもこの部屋から出て行くことができなかった。
「ただいま。半分寝てる感じ?」
紘一が速人の耳元で囁いてくる。生暖かい感触までついてきた。紘一は耳の中に舌を入れる愛撫が好きなのだ。でも、これを行うということは――
速人の瞼が勢いよく開いた。今、セックスをするのは避けたい。明日の朝、大事な面接を控えているのだ。
「しないよ、今日は」
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