第三章 カウンセリング ――夫・浩介の憂鬱――

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 *  三か月前――  午前10時、オフィスではスーツ姿の男や女がノートパソコンに向かっていた。  誰がどこに座ってもいいクリーンデスク、机の上に私物はほとんど置かれていない。会社にほとんどいないMR(医薬情報担当者)にとって、職場はたまに皆で集まる会議室に近い。  仁科浩介はメールのチェックをしていた。朝、会社に出社し、外回りに出る前に矢継ぎ早に返信をしていく。  週報の売り上げデータを開き、「佐々木――」と手を挙げる。 「田辺先生のとこ、ウチの抗うつ薬の数字がえらく落ちてるけどなんでだ?」  自社の主力商品である。有力なジェネリックもまだないため、急に売り上げが落ちる理由が見当たらない。 「それ、F社に切り替えられたんですよ」  スーツ姿の若い男が椅子に背中を預け、頭の後ろで腕を組んだ。佐々木は五歳年下の後輩MRだった。最近、数字をめきめきと伸ばしている若手の出世頭だ。 「F社の後任が田辺先生の大学のボート部の後輩とかで。先生、先輩後輩みたいな体育会系ノリが好きだから」 「なるほどな」
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