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◇
週末の午後、志保が梢を連れて近くの公園に行くと、ベンチに見知った顔があった。
膝の文庫本に目を落としていた裕子が顔を上げ、志保の姿を認めて微笑んだ。
ベンチには二人の人妻が並んで座っていた。
ブランコでは、梢と裕子の娘の千絵が遊んでいた。志保の実家に何度か一緒に預けられ、少女たちの仲はさらに深まっていた。
先に口を開いたのは裕子だった。
「最近、真司さんと一緒にカウンセリングを受けているの。セックスレスやEDを専門にしている先生よ」
志保は黙って続きをうながした。
「先生に教えてもらったんだけど、最初は、目で相手の姿を観察するんだって。次は目と目。二人で見つめ合うの。次が声と声。会話のコミュニケーションね」
「段階を踏んでいくってこと?」
「そう、いきなり肌を重ねようとせず、そうやって、夫婦の間で徐々にスキンシップを増やしていくのが大事なんだって」
セックスレスの前には、会話レス、ハグレス、キスレスがある。そういったものを経ずに体の関係だけを持とうとすると、男性はEDになったり、女性は性嫌悪症になるという。
「……私たち、夫婦をもう一度やり直してみるわ」
ブランコで遊ぶ娘を見つめながら、裕子がつぶやいた。
「二人目のことは焦らないようにする。今は千絵に愛情をいっぱい注いであげることが大事だものね」
「裕子さん……」
「姑さんとの関係も良くしていきたいと思ってるの。最近は私の方から、和服の着付けやお茶を教えてくださいって押し掛けてるのよ」
思い出すように、ふふっ、と裕子が微笑んだ。
「最初は煙たがられたけど、今はいろいろ教えてくれるの。お義母さんもさみしかったのね。真司さん以外に子供が三人いるんだけど、みんな娘で、あまりお義母さんと折り合いが良くないの」
森尾家の子供たちが集まると、よくあの母親とうまくやっていると、裕子は慰められるらしい。みな裕子より年上なので、妹のようにかわいがられているという。
話を聞いた志保はおだやかに笑んだ。
「裕子さん、変わったわね」
「そうかしら?……かもしれないわね。だとすれば、志保さんと浩介さんのおかげよ。ほんとにありがとう」
「それは私たちも同じよ」
ママ友の関係を越えて、もっと深い絆を結べた。身も心も、互いにすべてをさらけ出した相手にしかわかりえない感情だ。
裕子が懐かしむように目を細めた。
「でも、アレはいい経験だったわ。やったことは後悔していない。……ただ、もうしないかな。浩介さんや志保さんだからできたのであって、他の人とはする気がしないもの」
志保は共感するようにうなずいた。ただ、もう真司とすることがないと思うと、ちょっと残念というか、さみしい気がしないでもなかったが。
「千絵――」
ベンチから腰を上げ、裕子が娘を呼び寄せる。
夜、お義母さんの古希を祝う食事会があるという。真司の三人の姉たちとその夫、子供たちも来るので、森尾家の親族が一堂に会することになる。
「じゃあ、また」
千絵の手を引き、公園を出ていくママ友の姿を、志保は黙って見送った。
温泉旅館での痴態が嘘のように、そこには娘を愛する優しい母の姿があった。
女には、三つの顔がある。母の顔、妻の顔、そして〝女の顔〟だ。スワッピングは、彼女に女としての自信を取り戻させたのだろう。
半年後、裕子は真司との間に二人目の子を妊娠した。安定期に入った頃に教えてもらった。ちなみに男の子だった。
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