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◇
「ママ、行ってきまーす」
朝、園児たちがバスの窓から手を振っている。それを笑顔で見送る、いつものママ友4人組の姿があった。
黄色いマイクロバスが見えなくなると、安藤ちひろが、あのう、と遠慮がちに言った。
「……今日はセックスの話題、やめませんか?」
はあ? と目を剥いたのはママ友のボス・香坂佳恵である。
「どういうことよ?」
佳恵は子供を送り出した後の「立ちトーク」を何よりの楽しみにしていた。特にセックスやセックスレスの話題は定番になっていた。
「最近、私たち、その話題ばっかりじゃないですか……。この前、私、子供に言われたんです。ママたち〝セックスおばさん〟って呼ばれてるよって」
「……それ、ほんと?」
眉をひそめる志保に、ちひろがため息をついた。
「保育園で他の子供に言われたみたい。この近所の親御さんたちが噂しているのかも。意味はわかってないみたいだけど……」
裕子が眼鏡を指で持ち上げた。
「まあ、朝っぱらから公道で、セックスレスがどうのって言ってますからね……」
三人の冷たい目が佳恵に向けられる。
戦犯を見る視線に、最年長の人妻はうろたえる。
「わかったわよ。今日はあっちの話題はなし。それでいいでしょ?」
志保はほっと安堵の息をついた。だが、佳恵からセックスの話題を奪っておしゃべりが成立するのか。英語禁止でゴルフやボーリングをするようなものだ。
「今日は不倫の話をしましょうよ」
ちひろがずるっと肩を落とす。
「たいして変わらない気がするんですけど……」
「全然ちがうわよ! ヤル話じゃなくて、その前の愛の話をしようってんだから」
「不倫って愛ですか?」
「愛のカタチの一つよ。じゃあ、いくわね。男の年齢を2で割って、それに7を足した数字が不倫関係に陥りやすい女の年齢なんだって。たとえば男が38歳だとすると、38÷2+7=26。つまり38の男は、26の女と不倫をしがちってわけ」
「やっぱり若い女がいいんですかね」
ちひろが肩をすくめた。
志保は指を折って計算した。夫の浩介は自分と同い年の34なので、24の女を不倫相手に選びがちというわけか。なるほど、気を付けなくては。
「女の側から見れば、7を引いて2を掛ければいいのよ。そうね、安藤さんは26でしょ? ってことは……38の男と不倫しがちってことね」
「……38ですか」
ちひろがつぶやいた。どこか不満げな響きがあった。
「いいじゃない! 私なんか58よ。私と不倫したがる男は還暦が近い男ってことよ」
佳恵がわめくと、裕子が口に指を立て、静かにするよう目顔で告げる。今度は「セックスおばさん」ではなく、「不倫おばさん」と呼ばれてしまう。
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