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あいつを思い出すにつけ、桜の樹の下で本当に夢を見てみたくなった。木の根元にからだを横たえてみる、すると次第に意識が遠のいていく、そうして夢うつつのあわいを彷徨っているうちにストンと落ちてくれる。そのあとで見る夢はどんなになっているんだろう。あいつの言う通り、悪しきけわいに染まるんだろうか。と、そんなことが知りたくなった。もちろん桜ならなんでもいいわけじゃない。少なくとも大きな一本桜、願わくは人里離れたヤマザクラ、望月の夜に悪しきけわいを誘うのはそんな存在感のある樹のはずだ。それでいくつかの場所をめぐってきたあとで、ようやくここにたどり着いた。大きな樹だ。思いっきり腕を伸ばして幹ごと抱え込もうとしても半分にも届かない。端から見ると抱え込んでいるんじゃなくて、抱きついているか凭れかかっているかのように見えたことだろう。それになによりも嬉しいのは蜘蛛手にひろがる枝振りだ。ちょうどいい高さに太い枝もある。幹に張りつく態勢で見上げると、太い枝、細い枝が複雑に重なって平衡感覚も失われる。樹の大きさは、こうやって真下から見上げたときに生身の感覚で捉えることができる。遠目に眺めるだけならまわりの景色との比較で見てしまって頭での理解に留まるんだけど、真下から眺めあげてその樹だけで視界をいっぱいにすれば、樹がからだ全体を包みこんでくるような感覚に捉われる。枝先の隅々に指の感覚が憑りうつったかのようで、いろんなところがチクチク感じている。そのチクチク感に馴染んでくると、今度はからだ全体が引き伸ばされていくようだ。わたしの意識が樹に入り込んでいるのか、樹がわたしを吸い上げているのか、なにか開放的な気分になっているのがわかる。
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