2人が本棚に入れています
本棚に追加
闇の中に広がる花びらは、色も大きさも上下の重なりも、よく分からない。もとより立体感は失われているので平面だと言われるとそうも見える。まるで黒い壁に吹き付けられた薄銀色の飛沫だ。風?、平面に固定されているはずの飛沫が少し揺れたかに見えた次の瞬間、それらはふわりと浮きあがり、続いて右へ左へと乱れはじめた。雪が舞う。花の季節だというのに?、いや雪じゃなくて花吹雪だ。強い風が吹き抜けたことで樹が春の吹雪を生んだらしい。巨大な桜の樹が何十本もあるその枝をいっせいに揺らせて花びらを散らしているんだ。いつだったろう、よく似た風景に憶えがある。これと同じように雪かと紛う花吹雪のなかへ静かに落ちていった記憶。あれも真っ暗な夜だった。暗闇のなかに舞う花びらを、美しいではなくて艶めかしいと思った。ものすごく、気持ちいい。そうだ、あの時も時間が止まったんだっけ、今と同じように。
最初のコメントを投稿しよう!