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「相当浮かれてるな。まあ、いいけどよ。そんな顔を見たのは随分前だ。昔すぎて忘れていたぜ」
裕のために店に置いてある「メーカーズ46」をグラスに注いで渡した。裕専用の酒だと認識されているため、ここにくる客がこれを注文することはない。他の人間が飲んだところで裕は文句をいわないだろうが、ヤクザの機嫌を損ねるかもしれない事から遠ざかるのは一般常識。
「裕にチョコレートはあげないよ」
「いらねえよ」
「回収にまわれば貰えるでしょ?」
「義理というより義務じゃないか?今年はどうなるかな」
「どおって?」
「三原と行徳の争いだよ」
「そりゃあ、行徳君の圧勝でしょ?」
「それが意外と三原が人気あるんだ。強面だけど優しいって言われている。行徳にしてみれば、自分が優しくしても有難味がないが、悪人面が思いのほか優しかったりするとポイントが高いということらしい」
何かを思い出したのか、裕の口の端が少しばかり歪んだ。一応笑っている裕なりの笑顔。
「思い出し笑い?珍しいね」
「関に俺のことを怖くないのかって聞いたことがあるんだ。あいつ何て言ったと思う?」
「怖がってはいないね。最初から普通に話したりしたでしょ?変わった子だなって、すごく気になったから覚えている」
「なんだよ、沢木の一目惚れだったってことか?」
「違うよ。それはない」
そうだろうか。気になって仕方がなかったのは事実だ。あの日見た夢の宏之。水をまきながらわたしをみつめて綺麗だと言ってくれた。逆光で顔は見えなかった……でもわたしは心の目で宏之を見ていたのかもしれない。気づかなかっただけで、現れた待ち人だと深い所で感じていた?そう考えると胸が熱くなる。
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