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交信が終わり自室の空気が穏やかなものに戻る。
若が怪我をしたと連絡があったのは晩酌を始めようとした時だった。ふいに鳴った携帯のディスプレイをみたオヤジさんの眉間の皺が深くなる。席を外そうと立ち上がりかけた私に一言。
「晧月だ。芳樹になにかあったのかもしれない」
晧月を庇い若が足に銃創を負った。手術は成功したが半年以上に渡り治療を要するという内容に頭に血が昇った。傍についていながら何故そのような事態に。大龍だと偉そうなことを言ってもまだまだ半人前ではないか!
「田倉」
きつく目を瞑り噴き出しそうな怒りを鎮めようとした私にかけられた声は静かなものだった。ゆっくり目をあけるとオヤジさんは携帯をテーブルに置き、再び私の名前を呼んだ。
「田倉」
「……はい」
「自分の不甲斐なさに怒り狂っているのは晧月だろうよ。それに芳樹は自分で選んで香港に行った。日本より危険であることを承知でな。そして逃げることを選択せず銃口の前に身を晒したってことだ。それも芳樹の選択だ、わかるな」
「……はい」
「こっちからとやかく言ったところで解決にはならない。ただの文句でしかないだろ?そんなもん言うだけ時間の無駄ってもんだ。
それに弱っている芳樹に日本から連絡をとったところでいい方向にはいかん」
しっかり正座しオヤジさんと向き合う。いつものように、いつもしているように。
「変な里心がついて日本に帰るなんぞ言い出したらどうする?俺は晧月とやりあうわけにはいかない。会長との取引もあるからな。
だから時がくるまで放っておけ、いいな」
「わかりました」
オヤジさんはニヤリと笑う。
「昨日食わしてくれた数の子松前漬け。あれまだあるならくれないか」
話はこれで終わり。その意を汲んで立ち上がる私に、オヤジさんは僅かに頷いた。
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