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②から①へのメール  『閃ちゃんの洋服』ホントですね、どうやって手に入れてるのかしら?イマドキ通販でなんでも揃うだろうけど、靴や下着は試着しないと当たりハズレがあるんじゃないのかな…。 ①から②へのメール(レス) 華奢といっても男ですから75Bカップくらいでしょうか、今は厚いパッド入りがありますから。女性のように胸を集めたり微調整も必要ないので大丈夫じゃないのですか。それより閃ちゃんは潜入経験が長く別人になるのはお手の物。すっかり病みつきになってゴージャスな下着のセットアップを何枚も持っているかもしれません。腰は私より小さいし・・・タンガなどはいて・・・向かいのお部屋に下がったとたんパァっと服を脱いでシロさんがオタオタしてそうな気がしますわ。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 「それでは明日8:00に出発ということで。30分前には伺います」  白牙さんはそう月光様に伝えている。  どんな状況に置かれてもその環境に適応する。それこそがアンダーカバーにおいて一番必要とされる資質。  努力して身に着ける者もいれば、途中で壊れる人間も存在する。その点私が身を置いた大部分の時間は香霧の組織内だった。その前に潜っていたところも結局は香霧の組織につながる店やチンピラの集団。  容姿を活かすしのらりくらりと誘いを断りながら気をもたせる。商売女より性質が悪いと大っぴらに罵られても冷たい笑顔をうかべる。私のスタイルは媚を売るタイプではないが、それに魅せられる相手を引き抜く手練手管は高レベルだと自信を持っていた。  でも今はそんな自信に意味がないというのに、それを未だに捨てきれない自分に嫌気がさす。『白牙さん』と呼ぶたびに、もうかつての自分は存在しないという現実が重い。 「閃、どうかした?」  ヨシキ様がドアの前に立つ私のところにゆっくり歩いてきた。もう杖がなくても屋内の移動は問題ない。ヨシキ様がゆっくり歩くのは急ぐ必要がない生活であること、あと拭いきれない不安が要因だ。 『無理をして、またあの長い時間に逆戻りするのはごめんだよ』ヨシキ様はよくそう言って笑う。どうして笑えるの?いつも聞きたいが私には聞けない。ヨシキ様に何かを問えば、私の過去を含めた『何か』に答えなくてはならなうと考えてしまうから。  過去について話すのは問題ない(聞いて楽しいものではないだろうが)一番困るのは『私についての何か』だ。  私は環境に溶け込み、相手が望む人格になりきることをしてきた。それも生きてきた大部分の時間をそうやって過ごしてきた。好きな色が本当に自分の好きな色なのか自信がない。香が「似合う」といったから好きなのかもしれない・・・いや違う・・・そうかもしれない。  私にとって多くがそんなジレンマとともに存在している。だから考えるのはやめた。でもヨシキ様は私にたくさんの話をしてくれる。昔の自分がかなり「ボンクラ」だった、素朴な女だと思ったらなかなかのタマだった(意味がわからず、後で調べた)  月光様には決して言えないようなことが含まれている打ち明け話。あまりお言葉にされないほうがいいと言ったことがある。『そうなんだよ、時々ペラっと言っちゃってさ。酷い目に合うんだ』そしてまた微笑む。  ヨシキ様は不思議な人だ。こんな方だから月光様は惹かれたのだろう。それに強い人でもある。  アメリカの荷物として飛行機に乗ったときに通じない言葉と筆談をしながら不安につぶされそうになっていたあの姿。あの時のヨシキ様と月光様の頬を打った人が同じ人間なのかと考えてしまうほどだ。 「いえ大丈夫です。私は7:00頃来ますから」 「閃が浮かない顔をしていると心配になる。コウに何か言われたんじゃないかってね。理不尽なこと言われたらちゃんと言えよ?俺がコウをしばいてやる」    シバイテヤル?これもあとで調べよう。 「大丈夫ですよ。明日は病院ですからお出かけの用意をしなくてはなりませんね。なにか必要な物があったら店に寄らせます」 「んん~今は思いつかないけど、明日になったら何かあるかも」   『少し内緒話に似ているな』悪戯をしかける子供のような顔をしてヨシキ様が言ってから私たちの間では聞かれたくないことは日本語で話す。  私に何かあったと思ったヨシキ様の心遣いが嬉しい。でも心情を表情に映すのは失態でしかない。 「では。閃も戻るぞ」  白牙さんの声で私とヨシキ様の会話は終わる。 「じゃあ、また明日。シロさん、おやすみ」  ヨシキ様の『おやすみ』に白牙さんが困った顔をして月光様に目礼する。毎回交わされるお約束のようなやり取り。そして私たちは同じフロアの別室へと引き上げるのだ。狼の群れが月の元を離れる――それは1日の終わりを意味する。
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