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もともと大きな野心などは持ってはいなかった。ただ、ぼんやりと想像していた将来と現実とのギャップを流石に感じずにはいられない。
雑用とも思える仕事を毎日繰り返してさえいれば、SNSで誇れるほどでなくとも、それなりの生活をしていくだけのお金をもらえる日々。
仕事や生活、人生に満足しているわけではない。
かと言って、転職しようという元気も湧き上がってはこない。
そもそも、仕事ということにさほどの思い入れも今ではなくなった。いや、思い入れがなくなったのは、今に始まったことかどうかも、今の彼にとってはあやしくなっていた。
もう少し早い時間帯の夜間であれば、この辺りも桜見物の人で賑わっていた。終電が終わったこの時間では、人の気配すらなく。ただ満開の桜が、わずかな灯りに照らされている。風もなく、桜の木々は、まるで舞台のセットのように静止している。
先程から川沿いのこの道を、黙々と歩みを進めていた若者がふと足を止めた。その若者もまた静止画の一部に溶け込んだ。若者の足を止めたのは、頭上から沈むように降りてくる桜の香りだった。
真夜中の都会。人混みがすっかりと消えた比較的澄んだ空気の中で、桜並木の下に漂うわずかな桜の花の香りである。少しだけ甘いような、かすかな花の香りであった。
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