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ずっと忘れない、なんて。
過ごした日々は、記憶は、砂のように零れ落ちていくものなのに。
それはいつもと何ら変わりない日。
僕は彼女とデートした。
その、帰り道。
僕たちは初めてのキスをした。
その直後、彼女は行方をくらませた。
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「余命は、もってあと3ヶ月でしょうか」
医師は残念そうに、しかしはっきりと僕に告げた。
覚悟はしていたし、わかっていた。
だってもう、手足の感覚もない。
うつろな目をした僕は、ただただ宙を眺めていた。
半年前までは、バリバリ仕事をして国家機密にかかわるような事件の捜査もしていた僕。
今や見る影もなく、部署のお荷物なんだろう。
部下の一人が、見舞いに来て、入院中の僕の世話を焼いてくれている。
だけどもう、今の僕にはそんな部下の顔も、ぼやけてしまって見えないんだ。
辛うじて意識はあるが、ほぼ植物状態と変わらない。
ぼんやりと、ただひたすらに退屈な毎日。
日に日に記憶も、意識も、混濁していく。
ああ、僕はこうして死んでいくのだろうか。
せめて最後に、もう一度、会いたかった。
会いたい?誰に?
ああ、どうしてぼくはここにいるのだろう。
日に日に色褪せ、欠落していく世界。
そんなぼんやりした毎日も、そろそろ終わるのだろうか。
もう、目も見えない。耳も、聞こえない。僕は、いきているのだろうか?
今は、病院のベッドの上なのだろうか?
彼女は今、どこで何をしているのだろうか。
「ああ、彼女が、今日も幸せでいますように」
誰だかわからない”彼女”の幸福を願って。
静かに、僕の意識は途絶えた。
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