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地獄の犬
「ただの、落書きじゃないですか」
藻峨見次郎がにこりとしてそう言ったので、荒川幸造は言葉を失った。
スケッチブックに書かれた内容が自分の見間違いだったかと思って、ぱらぱらとめくってみる。
しかし、そこに記されたものに心をかき乱されて、あわてて荒川はページを閉じた。
無意識のうちに、ため息がこぼれた。
「本気で、そういうものを書きたいわけじゃありませんから」
目の前で心外そうな顔をする学生が、荒川の目には得体の知れない生き物のように映った。
藻峨見次郎はいたって平凡な生徒だった。どちらかというと教師たちからは評判が良い。特別学力やスポーツに秀でているわけではなかったが、何をさせてもちょっとだけ平均より高い能力を発揮した。問題行動も起こさないし、生徒同士の人間関係も悪くなく、派手とも地味ともいえない。そういう意味では、教師たちにとっては助かる生徒で、良くも悪くも話題にならない。
しかし、美術教師である荒川は知っていた。
次郎の、芸術における稀有な才能を。
まだ高校二年生だ。技術やデッサン力には拙い面はある。しかしその感性や視点の切り取り方は、美術教師二十年目の荒川を唸らせるものがあった。
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