あの春の先生

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 ――あの年は、ちゃんと入学式に桜が咲いていたんだ。  地球温暖化なんて言われて久しいせいか、最近は入学式前に桜が満開になってしまう。  卒業シーズンに『桜ソング』なんてひとまとめに称されたJポップが流行るけど、じゃあ卒業式に桜が咲いてるかって言うと、実はそうでもない。  いつ咲くのかなんて、結局は気象予報士にだって分からないんじゃないかと、僕は思っている。桜前線は、気まぐれ。自転車の速さだったり、飛行機の速さだったりして。  大体日本人は、妙に『桜』に肩入れし過ぎる。ぱっと咲いてぱっと散る、その潔さは確かに魅力的だけど。    要は美しい見た目で、予告なく一夜でいなくなってしまうから、僕らはみんな翻弄されるんだろう。  ――あの花は、ただ単に気まぐれなだけなんだ。  手に入れたくても入らない、手を延ばしても届かない。……でも、今しか触れられない。  だから僕も翻弄されたんだ。あの綺麗な顔をした、白い肌をした、少し冷たい目の……先生に。 「五十嵐っ! 何度言えば分かるわけ? そのビミョーな遅刻、どーにかしなさい! たった2分よ? なんで2分ぽっちで遅刻の称号を勝ち得るのっ。チャイムが聞こえたら全速力で走れっ。こんのバカチンがあっ!」  ああなったのは、僕が2年生の時だった。  先生はそんな風に、毎朝のように僕を怒鳴りつけていた。ホームルームの最中に教室の扉を開ける僕を、苛立ちも最高潮、と言わんばかりに。  僕はその度に首をすくめてやり過ごした。でもそうやって怒鳴り声を上げている瞬間、先生は僕だけのものになる。僕はそれで充分、満足だった。  1年生の時、先生は僕の担任になった。入学式は桜が満開で、その下でクラス分けが発表された。貼り出された白い模造紙、そこに先生の名前を見つけた。あの綺麗な人は、結城美弥子というのだと……僕はその時、初めて知ったんだ。  1年目は、従順な生徒を演じた。先生に、気に入られたかったから。  でも先生は、僕を他の生徒と同じように扱った。僕は35人中の、1人でしかなかった。  だから僕は方針を変えたんだ。目立たない存在でいても何も得はない。嫌われてもいい。僕を見て欲しかったから。  だから毎朝遅刻をした。先生は、毎朝僕を叱った。  そして3年生になっても、僕は先生の受け持ちのクラスになった。最早腐れ縁、と言ってもいい。
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