ー ファースト・ラブ ー

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 ぽっこりお腹の光春が、語気鋭く責める。光春もまた、高校時代は涼平や幸也と同じバスケ部で、仲良くしていた男子の1人だ。どこか恨めしげな光春の眼差しに、涼平の口調もややバツ悪そうだ。 「なんていうか…まぁ、複雑な家の事情があったからな。俺がペラペラ喋っていい事じゃねぇなって思って。古谷先生も"家の事情で"としか説明しなかっただろ? 別に口止めされたわけじゃないんだけど、幸也の名誉を傷つけるような気がして言えなかったんだよ」 「――ねぇ、サヨも知ってたの?」  いきなり声を掛けられて、沙世は弾かれたように隣の穂乃果を見返した。 「えっ?」 「あんたたち、付き合ってたでしょ? サヨも幸也の事情知ってたの?」  沙世は首を振った。幸也については、何も知らなかった。そう、何もわからない。幸也はあの日、突然いなくなって、それっきり。 「あっ、おサヨは何も知らねぇよっ」  代わりに穂乃果へ答えたのは涼平だった。上座をアゴでしゃくって言う。 「俺と古谷先生にしかアイツは事情を話してないはずだ。本当はさぁ、クラス会があるから来いって俺が誘った時、仕事が忙しいからってアイツ、一度は断ってきたんだよ。でも先月の…いつだったか突然連絡よこして、"やっぱりクラス会行く"って言うから…」 「――よう。みんな、10年ぶり」  涼平の話に割って入ってきたのは、透明感のある低い声音だった。上座から戻ってきた幸也は、突然の失踪という大事件を起こした過去など微塵も感じさせない軽快さでサラっと挨拶した。どこか男の色気が漂う艶っぽい微笑を浮かべて、元クラスメート達の反応を愉快げに見下ろしている。 「滝山ぁ! 生きてたのかコノヤロー!」 「ちょっとユキヤっ、あんたなに失踪してんのさ! みんなメチャクチャ心配したんだよ!?」 「お前どこに行ってたんだよぉ」  次々に投げられる質問を笑いながら受け止めると、幸也はおもむろに沙世の隣の椅子を引いた。背もたれに掛かったショルダーバックを指さして、にこやかに問いかけてくる。その笑顔が一瞬、泣き出しそうに見えたのは思い過ごしだろうか。 「…久しぶりだな、沙世。ここって誰の席? 座っていいか?」  声が出てこなかった。ぎこちなく微笑んで、頷き返すのが精一杯。少しでも気を緩めたら年甲斐もなく泣いてしまいそうで、沙世はスカートを握り締めながら必死に平静を装った。隣に幸也が座った途端、香水の匂いがふわりと鼻腔を掠めた。甘やかで上品な男性の香り。どこかで触れたような気がする、少し危険な男の匂い。 「それにしても、ユキヤも冷てぇな。事情があったなら、一言オレらに言ってくれりゃよかったのによぉ」  涼平の横で、肥えた光春は苦笑しながら問いかけた。 「突然お前がいなくなって、オレ達なまら心配したんだぞ。一体どうしたんだよ? 3年の秋にいきなり中退なんて、何があったんだ?」  周囲の視線が一斉に幸也へ集中する。沙世は静かに幸也の横顔を見守った。やむを得ない事情があったのだろう。気まずそうに微苦笑して、幸也は失踪の理由を口にした。 「実はあの頃、父親がえらい借金背負い込んでたんだ。毎日取り立てがキツくて、一家3人、夜逃げ同然で引っ越したんだよ。両親は離婚して借金は父親が背負う事になったんだけど、オヤジ1人が働いたって到底返済できる金額じゃなくてさ…」  よっぽど苦労したらしい。表情こそ穏やかだが、事情を語る幸也の眼は暗い。 「金返すのに、俺も働く事になって東京に出たんだよ。8年かかったけど、一昨年なんとか借金を完済した。その後もしばらく東京にいたんだけどさ、去年こっちに帰ってきたんだ」 「そっかぁ、親の借金かぁ…お前も大変だったなぁ」 「ねぇユキヤ、今はどうしてるの?」 「ススキノで働いてる。東京で暮らしてた頃に世話になった人が札幌で店出して、こっちで一緒に働かないかって誘われて、今はそこに勤めてんだ」 「そうなんだぁ。んもぉ、札幌にいるなら連絡くれたら良かったのに。ねぇ、サヨ?」
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