ー ファースト・ラブ ー

10/19
前へ
/66ページ
次へ
「なぁユキヤ、お前も2次会来いよ」 「そうだよぉ、滝山君いっしょに行こ~!」 「行きたいんだけど、俺これから仕事なんだ」  友達に取り囲まれながら話をしている幸也を、沙世は遠巻きに眺めやった。バスケ部のエースで勉強もできた幸也はいつもクラスの中心にいた。ああやって、窓際でよく友達数人と固まって楽しそうに話していた。目立つ存在だったが、実績もさることながら元々どこか華のある人だった。税理士になる夢を一生懸命追いかけていたのを、沙世は知っていた。塾にも通わず独学で勉強していたのは、今思えば、家に借金取りが来ていて落ち着かなかったからだろう。  考えたら、幸也の事を何も知らなかった気がする。3年になって同じクラスになり、幸也の気さくな雰囲気とか、面倒見がいい所とか、笑った顔とか、気づいた時にはもう好きになっていた。だから、放課後に学校の階段の踊り場で幸也から告白された時は、本当に嬉しかった。"おまじない"が利いたんだって、学校の敷地中のタンポポに感謝しながら毎日登校した。幸也と両想いになれて、幸せだった。その分、突然の別れは辛いものとなったが。 「…幸也…」  独り呟いて、沙世は広い幸也の背中に微笑みかけた。あの日から10年。話したい事は、それこそ山のようにある。聞きたい事もある。でも、やめた。幸也の中では全てが過去の事として完結しているんだろう。だったら自分も今ここで区切りをつけるべきだと沙世は思った。こうしてまた会えただけで十分だと、心の中で自身にそう言い聞かせる。 「幸也…元気でね」  幸也の後ろ背にそっと囁きかけると、沙世は踵を返して前方に見えるアーケード街に目を向けた。久しぶりだから、狸小路(たぬきこうじ)を抜けて駅前通りまで出よう。穂乃果や真奈美に別れを告げて、沙世が帰りかけたところで涼平が駆け寄って来た。酔っ払っているらしい。満面の笑みを浮かべた幹事は上機嫌だ。 「おサヨ! いやぁ~、今日は来てくれてあんがとな!」 「涼平が私をクラス会にしつこく誘った理由、これだったんだ?」 「ハハっ、まぁな。電話で幸也の事言ったら来てくれねぇかと思って黙ってたんだ。ゴメン。なぁ、おサヨは2次会どうする? 参加できそうか?」 「明日も部活指導あるから、もう帰るね」 「そっか。気をつけてな! また連絡するわ!」  2次会組の方に走っていった涼平に手を振ると、沙世は狸小路に向かって歩き出した。涼しい夜の風が気持ちいい。明日の部活指導を考えると憂鬱だけど、それでも足取りは来た時よりは軽やかだ。例え再会は果たせても、すぐに幸也を忘れる事はできないと思う。でも、少し未練が残るぐらいでちょうどいいかもしれない。そう自分を納得させながら、沙世が狸小路のアーケードに入ったそのとき。 「――沙世!」  後ろから、ひどく慌てた声に引き止められた。振り返ると、店の方から走ってきた幸也が肩を上下させて息を切らせていた。 「幸也っ、どしたの!?」 「ハァ、気づいたら…ハァ、お前の姿なくて、涼平から、もう帰ったって聞いて…スゲェ焦った」  焦ったのは沙世の方だった。本人は気づいてないようだが、幸也の呼び声はアーケードという限られた空間の中では必要以上に大きく響いていたのだ。周りを行き交う通行人が、何事かと怪訝にこっちを見ている。 「ちょっと幸也、声大きいよっ」 「あぁっ、ワリィ。お前に追いつく事しか考えてなかった…なぁ、沙世は帰るんだろ? なら途中まで一緒に行こう」 「でも、幸也仕事あるんじゃないの?」 「あるよ。ちょうど駅前通りまで出るからさ、そこまで一緒にいいだろ?」 「あ…うん…そだね」  まさか幸也が追いかけてくるとは思わなかったから、沙世は返事に戸惑った。今の言い方、嫌がっているように聞こえたかな……不安になったけれど、幸也は気にする様子もなく駅前通りに向かって歩き出した。何年ぶりだろう。シャッターが下りた商店街をゆっくり進みながら、幸也が懐かしそうに言う。 「なんか信じらんねぇ…またこうやって沙世と並んで歩いてるなんて、高校の頃に戻ったみたいだ。テストの時とか部活のない日は、よくバス停まで一緒に帰ったよな…ホント、お前と2人で歩くの久しぶりだな」 「…うん…ホントにそうだね…」」  平静を装ってみたものの、沙世はまともに幸也を見られなかった。自然に振る舞おうとすればする程、喋り方も表情もぎこちなくなってしまう。何か当たり障りのない話題はないかと必死に考えつつ、沙世はすっかり様変わりした地元の名所をフラフラと眺めやった。  札幌の中心部を東西に延びる狸小路(たぬきこうじ)は、北海道最古の商店街のひとつ。アーケード屋根と鈴蘭灯が趣ある風情を漂わせ、広い歩行者専用通路に建ち並ぶ店も新旧多彩で地元民に広く親しまれている。土曜の夜8時という最も華やかなこの時間帯、このアーケード街にも大勢の通行人が行き交っていた。  沙世はチラリと斜め上を盗み見た。行き交う通行人の中でも、180を超える長身と端麗な顔立ちの幸也は圧倒的な異彩を放っていた。こうして改めて見ると存在感が凄い。芸能人よりも華がある容貌には、香を焚いたような男の色気が漂っている。すれ違う通行人達が、特に女の人達が皆こちらを見ているのはその所為だろう。このイケメンに似合わない地味な女―――通り行く女性達の目は、そう言いたげだ。
/66ページ

最初のコメントを投稿しよう!

59人が本棚に入れています
本棚に追加