ー ファースト・ラブ ー

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「ん? どう思うって?」 「高校時代のアイツはさ、見た目はハデなとこあったけど勉強できたし、クラスのリーダー的存在だっただろ? 根はマジメで、一途にずっとおサヨの事が好きだった。あんなふうに女相手に商売してっけど、根っこは変わってないと思うんだ」  わかってる。変わったのは、自分の方…… 「なぁおサヨ、もう一回アイツにチャンスやってくれないか?」 「チャンス?」 「そう。また友達から始めるチャンス。おサヨにとって幸也はもう過去の思い出なんだと思う。けどアイツの中ではずっとあの頃から時間が止まってるんだ。アイツが電話で話すのはいつもおサヨの事だったよ。なのに幸也がどうして直接連絡しなかったか、理由知ってるか?」  沙世は首を振った。瞳に滲む涙を抑えて、静かに耳を傾けた。潤んだ視線の先で、涼平が少し苦しそうに笑う。 「アイツ、おサヨに自分を忘れて欲しかったんだよ。消えた男の事なんか早く忘れて、違う誰かと幸せになって欲しい…前にそう話した事がある。借金地獄の中に堕ちた自分が下手に連絡なんかして、いつか帰ってくるかもしれないと期待なんかさせたら、おサヨを縛りつける事になる。自分の人生におサヨを巻き込みたくない…そう言って、アイツは一切連絡しなかったんだ。それがせめてもの償いだって笑ってたよ」  沙世はステージ前に目を向けた。耳元で囁き、頭を撫で、客を甘やかす幸也の姿を見るとまた、杭が刺さったみたいに胸が痛んだ。彼女が頼んだシャンパンの値段は、公務員の半年分の給料より高いかもしれない。高価な酒を一声で注文できる財力を持った女性に、ホストは言わば買われているのだ。そんなふうに生きている幸也を見ていると、切なくて、悲しくて、泣き出したくなってくる。 「でもきっと、札幌に帰ってきて耐えられなくなっちまったんだろうな。どうしてもおサヨに会って直接謝りたいから、クラス会に呼んでくれって言ってきてさ。俺もそうした方がいいと思ったからおサヨに来てもらったんだ。ごめんな、おサヨには余計な事だったよな」 「そんな事ないよ…」  瞳に滲んだ涙を涼平に見られないように、沙世はグラスの水割りを一気に煽った。女性客に向ける幸也の笑顔は鮮やかだが、自分に向けられる飾り気のない温かな笑顔と違って見えるのは、単なる自惚れだろうか。 「…おサヨ? おい、どうした? 大丈夫か!?」 「え?」  驚いた様子で、涼平が心配そうに顔を覗き込んできた。頬を一筋の熱い滴が伝う感覚を悟ってようやく、沙世は自分が泣いていた事に気がついた。 「大丈夫…ごめんね」 「いや大丈夫じゃねぇだろっ、お前っ、顔真っ青だぞ!?」 「ちょっと気分悪くて…飲み慣れないお酒飲んだからかな」 「あっ、そう言えばおサヨっ、あんま酒得意じゃなかったな! よし店出ようっ、外の空気吸えば少しは良くなるって。荷物はこれだけか?」  慌ただしく荷物と伝票を持った涼平に続いて、沙世も腰を上げた。店内にはノリのいい曲とホスト達の歓声が響き、かなり盛り上がっている。入り口の受付に向かった涼平に沙世も続いた。  後ろは、振り返らなかった。  胸に広がる熱と、痛みと、吐き気を引きずって涼平の元に向かうと、沙世は豪華で煌びやかな夜の世界を静かに後にした。
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