3人が本棚に入れています
本棚に追加
春は嫌いだ。就職してもう何年も花見をしていないのに相変わらず毎年実家からかかってくる電話は当然のように無視した。
「ずっと鳴ってるよ、いいの?」
「実家だから、いいのいいの」
彼氏には言っていない、花見の事も、そして今も私の右斜め後ろに付きまとう二体の幽霊も。お祓いをしても、部屋にお札を貼っても、私から離れてくれなかった。それどころか、就職と同時に幽霊アパートから引っ越したのに、大事なデートのちょうど今朝、一人増えて二体になった幽霊は、私の側を離れてくれなかった。
ディナーを済ませた後、夜桜を見に川沿いの道を歩く、そこは花見をする人々で賑わっていた。少し離れた場所に来ると桜の木の数に比例するように、人の数も減った。静けさの中、急に真面目な顔になった彼が私の前に立ち、進路を塞いだ。
「あのさ......」
絶対プロポーズだ、一瞬で分かった。右手をジャケットのポケットへ突っ込んで握りしめている。
嬉しい、大学から付き合っていた彼と結婚できる、返事はもちろんオッケー、可愛く返事しなきゃと考えたタイミングでスマホが鳴る。
「あっ」
「あ、いいのいいの」
「いや、出ていいよ......」
着信は実家。こんな時にまで私の邪魔をするお婆ちゃん、本当嫌い、お婆ちゃんなんて、桜の木なんて、無くなればいいのに! 私は奥歯を噛み締めて通話ボタンを押す。
「だから、花見なら行かないって!」
『早く病院に来い、お婆ちゃんが倒れたんだよ!』
「えっ?」
聞こえてきた声は凄まじい勢いのお父さんだった。スマホを下ろすと彼を見て「さっきは何だったの?」と聞く、「それはこっちの台詞」と言われた私は、事情を話し、病院へ急いだ。
到着した時にはもう、お婆ちゃんは冷たくなっていた。今朝縁側で倒れているのをお父さんが見つけたらしい、不器用なお父さんはメールをすることができなかったらしく、今朝から鳴り続けていたスマホはその事を知らせる為だった。
***
最初のコメントを投稿しよう!