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プロローグ
何処かぼやけたような白い光の中の世界。そこに映る全てはモノクロで、懐かしさを写し出しているかのようだ。そう……ここは誰かの追憶の世界である。
明治と思わしきノスタルジックな時代。一人の少女と手を繋ぎ歩く書生と思わしき人影が見える。
「わたし……この町……すき……みんなすき……そして人間がうらやましいの……」
まるで、言葉を覚えたばかりのように途切れ途切れで喋る少女には鹿のような角があり、人間ではないようにみえた。
「わたし……人間になりたい……」
少女がそう語る。書生は立ち止まりしゃがみこむと、少女を見つめながら頭の上に手を置いた。少女の視界に写った男の表情は柔らかで、優しい笑みを浮かべている。
「君は優しい……他の誰よりも優しく、そして純粋だ。たとえ君が人でないとしても、その優しさを知る人は気にせずに君を愛するだろう。勿論、私もそうだ」
断編的な記憶は古い映像のようにノイズと共に次の場面へと移り変わった。
今度は厳しさと優しさを兼ね備えたような威厳のある声がする。
「いいでしょう。もし貴女が精霊として人々を導き、この土地に住む人々に巣食う心の闇を消し去ることで、清らかなる魂で満たされる世界にかえることが出来たのなら、その願いを叶え、人の子として自由に歩むことを許しましょう」
断片的な追憶の世界は再び移り変わり、新たな時代が写し出された。
空を覆う絶望の翼。人の業とも呼べる戦闘機が死の雨を降らす。大地は焼きつくされ、轟音とともに人々の嘆きが国を覆い尽くす。
時は第二次世界大戦の真っ只中である。
「どうして、また駄目だった。どうして……」
泣き叫ぶ精霊の少女の姿がみえる。そして少女は叫び続けた。えぐられるような心の苦痛に耐えながらも誓う。
「あたしはそれでも人がすきだから! 次こそは必ず!」
写し出されたのは断片的な記憶のため、その全容は掴めない。ただわかるのは……。
ー 精霊が人々を導き、世界を悲しみや絶望の無い優しい世界へと変えられた時、精霊の人になりたいという願いが叶うという事だけである。
そして少女は大きく目を見開いた。その瞬間、記憶の世界は終わりを告げ現代へと移り変わる。
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