桜と美女

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 ぽげ、と間抜けな通知音でスマホを確認すると金子からのメッセージだった。 『ついた~? 』 『まだ』  駅から出て3つ目くらいの信号を左に曲がると人波も薄れてきた。大通りは水に沈んだように暗く信号機とヘッドライトの灯りが目についた。もう2丁目あたりだけども。桜ってどこだ。 『2丁目のどこらへん?』  メッセージを送る。足にまかせて裏通りに入った。少し歩くと古い遊園地がある。木製の塀や色あせた看板に昭和だなあ、と思う。昭和を知らないけど。ラーメン屋、呑み屋を過ぎるともう住宅地のようだ。さらに暗く、静かになる。あ、桜の匂いがする。 「―― 」 女性の声が聞こえた。足を早める。  桜だ。裏路地には不釣り合いなほど立派な桜があった。太い幹は広く枝を伸ばし、重たげに花を揺らしていた。白い花びらは夜空に明るく光っているようだ。 「――、だから――。もうすぐ― 」  鈴のような声は確かに聞こえるのに姿はない。あたりを見回す。 「さようならね」  悲しげな声が降って来た。例えではなく、降って来た。 「えっ」  赤茶のドレスは緩く広がりバッスルのせいでウエストはとても細い。肩の膨らんだ長袖は余計に華奢に見える。後ろを長く垂らしたひさし髪。白い首は黒髪に浮いて見えるようだった。朱い唇、筋の通った鼻。そして涼しげな瞳。50メートルはあろうかという巨大な美女と目が合った。  数秒の沈黙が続いた。息をしていなかったかもしれない。強い風が吹いて、桜の枝が揺れる音。美女は微笑んで口を開いた。 「御機嫌よう」  ぽげ、と間抜けな音が聞こえる。メッセージは未読のままだった。
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