第一章 朱火定奇譚 飯

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 その日は朝から雨が降っていて、夜になっても止む事が無かった。  朱火駅に隣接しているビルの屋上に、喫茶店ひまわりがある。  この駅ビルは駅に連結していて、一階からも、二階部分の通路からも改札口に出入りできる。しかも、その二階の通路は、車で混み合う駅前のロータリーの上を通過していて、その先にバスターミナルもあるので使用する人も多い。むしろ駅前の車の混雑は朝夕方とも酷いので、歩く人は二階通路を常備使用していた。  二階には手作りパン屋があり、かなりの人気であった。三階には飲食店街があり、四階には学習塾がある。四階には他に、カプセルホテルのフロントがあり、五階部分はカプセルホテルの客室になっていた。そして、屋上には喫茶店ひまわりがあるが、この店は元は客の少ない店だった。  でも、今は夜になると、近くにある配送センターのドライバーが集まる。ドライバーは集荷された荷物を、これから各地のセンターに運んでゆくのだ。 「はい、日替わり定食と、日替わり弁当ね」  俺は、弁当を積み上げると数を確認しておく。 「あれ、上月(こうづき)君?会社をクビになったの?」「違います。ここの店長の俊樹がインフルエンザなので、代理です」  俺、上月 守人(こうづき もりと)は、学生時代はここの店員であった。でも、今は大学を卒業して、製薬会社に勤めている。 「インフルエンザか……」  声を掛けて来たのは、ドライバーではなく、配送センターの事務員であった。システムを担当していて、夜勤の前にここに寄ってくる。ここで定食も食べてゆくが、弁当も買ってゆき朝食にする、更にもう一つ購入しているのだが、これは夜食なのだそうだ。 「高校卒業の時にさ、幼馴染がインフルエンザで卒業式に出られなかった……」  時計を見ると立ち上がったが、少しだけ続きを教えてくれた。この男性の名前は、館野 幸多(たての こうた)、パソコンが好きで、電子工学を学ぶために進学し、そして配送センターのシステム管理部になった。幼馴染は遠藤 貴一(えんどう きいち)、家の近くに遠藤商店という店があり、そこの息子であった。遠藤商店は駄菓子やアイスも売っていて、館野はよく寄っていた。
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