第一章 朱火定奇譚 飯

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「俺は卒業してアパートに越して、あれこれ忙しくて、遠藤とは連絡も取っていなかった。それでさ、半年後?の八月の終わりに、やっと実家に帰って仲間に会って、遠藤の卒業式をやってやろうと盛り上がった」  しかし、知っていた遠藤の電話番号は現在使用されていなかった。その時は、実家の近くに遠藤商店があるので、行って聞けばいいかと、深く考えていなかった。  でも、実家に帰ると、遠藤商店は更地になっていて、付近の住民が使う、月極駐車場になっていた。  母親に遠藤商店はどこに越したのかと聞くと、その駐車場は十年も前からあって、遠藤商店など知らないと言われる。そんな馬鹿なと、父親や姉に聞いても、遠藤商店を知らなかった。  遠藤商店どころか、幼馴染の遠藤も家族は覚えていなかった。  再び仲間に連絡すると、遠藤の事は知らず、皆で久し振りに会おうという話をしただけということになっていた。 「俺は、頭がおかしくなったのかと思った。でも、同じ近所の幼馴染、西山 椿(にしやま つばき)に会ったら、遠藤を憶えていた」  西山は、美容師を目指していて、やはり実家を離れて、アパート暮らしをしていた。俺と同じく夏休みに帰ってくると、遠藤商店が無くなっていて驚いたという。 「西山の説明によると、夏休みに初めて帰って来たメンバーは遠藤を憶えていたが、ここに住んでいる者の記憶からは消えているそうだ」  不思議な話で、つい聞いてしまった。 「俺たち記憶を持っている者が持っている写真とかデータには、遠藤がいて、俺たちには遠藤が見えているけど、記憶の無い者には遠藤が見えていなかった……」  ここに遠藤がいると言っても、記憶がない者には見る事ができなかった。 「……記憶って、集団で消えてしまうものかな……」  館野は、遠藤と会ってみたいと思い、時折探しているという。 「卒業式に不在でも、又、会える。すぐに会うだろうと思っていたけど、それから七年も会えないままとは思わなかった」  館野と遠藤は幼稚園からの腐れ縁で、小学校、中学校、高校と同じ学校で、毎日一緒に登下校していた。クラスが違っても、部活は同じテニス部で、合宿も夏休みも一緒に過ごしていた。それが何の言葉も交わさないまま、その日々が消えてしまった。 「あ、時間だから行くね。聞いてくれてありがとう」  館野は弁当を持って去って行った。
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