第一章 朱火定奇譚 飯

5/9
前へ
/92ページ
次へ
「出前に行ってきます。工藤室長の家です、瀬々木さんと森羅君も来ているそうです」  工藤室長には亜弥という子供もいる筈なのだが、それが問題なのだそうだ。最近、亜弥は人型を保てなくなっていた。 「家族会議なの?」 「そうみたいです」  箪笥から手だけ伸びているのは志摩で、壱樹村の×と呼ばれる存在であった。×は人よりも遺伝子が多く、様々な姿と様々な能力を持っている。志摩は無形の×で、箪笥に本体があるが、それはアメフラシや、ウミウシのようなぶよぶよとした水袋のような生命体だった。しかし、大小さまざまな人の手を出す事ができ、志摩の認めた箪笥が置いてあれば、中を移動することができる。  工藤室長の家にも、志摩の箪笥があるので、移動可能であった。 「いってらっしゃい!」  俺が志摩に手を振っていると、志摩は手を箪笥に戻しかかって、又出した。 「あの、守人さん。ここに、朱火定があります。これは、私の朱火定ですから、食べずに待っていてくださいね」  朱火定は、ひまわり特製朱火スペシャル定食という名前なのだが、長すぎて誰もその名で呼んでいない。 「……志摩の悩み?まさか、俺がどうしょうもないとか?」 「帰って来てから話します!」  志摩は、箪笥に定食と弁当を持って入った。  俺はドアにクローズの札を掛けると、店内を掃除しておく。志摩が厨房の中は掃除をしておいてくれていたので、掃除は店内だけで済む。掃除を終わらせると、用意されていた俺用の定食を持って、氷渡の席に向かった。  俺が席に座ると、八重樫が走って来て、俺の定食を奪っていた。 「腹減った!死にそう」 「八重樫、どうして俺の定食を取るの?」  俺と氷渡と八重樫は、やっと新人が終わった頃で、忙しくなってきていた。こうして、三人が揃うのも、久し振りになる。 「宿直明けで帰ろうとした所を捕まって、この時間だよ。インフルエンザで休みが多くてさ……」  それはいいが、何故、俺の定食を取るのだろう。俺が食べ物を探して、喫茶店ひまわりの厨房に行くと、もう一つ、定食を見つけた。メモが定食に貼られていて、八重樫に定食を取られたら、これを食べてと書いてあった。もう、俺が定食を取られると言う事は、定番らしい。  俺が定食を持ってテラス席に行くと、二人でビールを飲んでいた。 「俺も、腹が減ったよ……」
/92ページ

最初のコメントを投稿しよう!

40人が本棚に入れています
本棚に追加