第一章 朱火定奇譚 飯

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 テラス席の前は雨で、夜の空からとめどもなく降り続けていた。雨は壱樹村ではあまり降らなかったので、俺は雨を見ていると滝を思いだす。 「滝みたいだな……」 「そうか?俺はここに居ると、水槽の中に入っている気分になる……」  俺は魚を飼った事がないので、水槽のイメージは無かった。近くに池があったので、それとなく池を思いだしてみたが、雨とは異なる。 「上月は、順調なの?」  八重樫は、俺の定食にあった、からあげをつまんで食べていた。ここで、考え込んでしまうと、又、定食が無くなってしまう。俺は慌てて食べながら、仕事の事を考えてしまった。 「新入社員が来てね、管理部に配属されてしまってさ。俺は工藤室長の研究室に移動になった……」  どうして俺が研究員になれるのだと思ったが、岡崎が裏で手をまわしていて、それを工藤室長が阻止してとの攻防の末の結果らしい。  岡崎は俺のもう一つの肩書、守人様の研究をしたくて、俺を推薦して研究員にしようとしていたらしい。守人様の研究は、壱樹村の住人、及び出身者には許されていないが、岡崎はこの世界の住人であった。 「給料は、研究員のほうが上でしょ?良かったのではないの?」 「でもさ、俺は薬剤師としての知識が欲しくてさ……」  どうも、望む方向には進んでいない。  氷渡は俺の愚痴など聞き流していて、降ってくる雨を眺めていた。 「……雨を見るとさ……上月が傘を持っていなかった事も思いだすよ」 「今はあるよ……」  昔、俺は傘を持っていなかった。傘を差して修業に行っても、どうせびしょ濡れになるので、最初から使用しなかった。バカは風邪をひかないと言うが、俺も風邪を引かなかった。でも、光二はよく風邪を引いていた。  昔話になりそうになると、志摩の手が朱火定を持って、宙に現れていた。どこから手を伸ばしているのかと、元を辿ってみると、氷渡の鞄からであった。 「氷渡、志摩の箱を持っているの?」 「……ああ、筆箱にしている」  氷渡は、鞄を開くと筆箱を見せてくれた。筆箱は使用しているもので、中にはペンや万年筆が入っていた。 「そうなのです。私はペンの隙間から出ているのですよ!エンピツとかよく刺さるのですよ……」  志摩は朱火定をテーブルに乗せると、箸を持った。 「志摩が箸というのも、珍しいね……」
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