第一章 朱火定奇譚 飯

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 これは業務用の炊飯器で、一回に大量に炊く。これで味見してみると、どれもそんなに変わらない気がした。 「志摩、地元産の米で、水は湧水でお願い」 「どうぞ」  志摩も、迷って試した順路は同じらしい。 「おいしい。業務用の炊飯器ならば、この組み合わせがベストでしょう」  氷渡と八重樫も食べてみて、微妙な顔をしていた。二人の言いたい事は分かる。三種類で試した結果だが、その前提条件が悪いのだ。業務用の炊飯器で、できる範囲で美味しいものなので、試食を食べた中で一番おいしいのですらない。 「志摩、壱樹村の米を竈で炊いて、持ってくるのが一番おいしかった」  このご飯ならば、弁当にもそのまま詰められる。冷めてもふっくらとしているので、むしろ弁当に勧めたい。 「そうですね。そうします!」  志摩も吹っ切れたようだ。手間はかかるが、一番おいしい方がいい。 「志摩、飯に合わせると、おかずを変えないとダメだよ」  寿司はご飯と刺身の組み合わせで、どちらも美味しく感じる組み合わせだった。ご飯の主張が大きくなれば、インパクトの強いおかずが必要だが、壱樹村の米はお新香だけでもいいご飯であった。ならば、お新香を極めてメインで食べられるようにしておいたほうがいい。 「何となく、見えてきました。守人さん、食い意地だけが取り柄ではないのですね……」  もしかして、俺は志摩に食い意地だけしかないと思われているのだろうか。少しショックを受けていると、氷渡と八重樫が笑っていた。 「上月、たまには志摩にサービスしておけば?」  俺がじっと氷渡を見ると、ゆっくり頷いていた。志摩へのサービスが不足しているので、俺は厄介者のように思われているのか。  確かに、就職してから志摩にサービスなどしていない。これは、まずいかもしれない。 「志摩、何か欲しいものはある?」 「私の欲しいものは、守人さんですよ……」  志摩が、ご飯を試食しながら、素っ気なく切り返していた。これは、口癖を返しているだけで、きっと本音ではない。氷渡と八重樫が、慌てる俺を見て大笑いしているが、志摩は俺を見ようともしない。  手だけの時の、志摩の目がどこにあるのか分からないが、視線を感じないので見ていないのだ。 「上月、有給を取って、サービスだよ」
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