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目が覚めると、いつもと変わらない染みだらけの天井がそこにあった。
黴臭い褥の中、隣りには裸の父が寝息を立てている。まだ、夜が明けきらぬ時分である。
私は、父の寝顔に目をやった。
私の男。親子の縁が無ければ、そう思えたであろう。だが、現実は違う。この男は、獣以外の何物でもない。
いっそ、寝ている隙に殺してやろうか、と何度思った事か。首に手を伸ばしたり、包丁を手に枕元に立った事もある。しかし、そうしただけだ。最後の最後で、決心が出来なかった。
(駄目だわ、こんな物騒な事を考えちゃ)
私はそっと起き出して、外に出た。
江戸、本所元町。吹けば飛んでいきそうな、木っ端な裏長屋である。秋も暮れで、朝の澄んだ空気には、冬の到来を匂わせる冷感が強かった。
まだ、裏長屋の住人が起き出すには、かなりの時間がある。元より、此処に住まう人間の朝は遅い。早かったとしても、挨拶を交わす事は無かった。皆、他人に関わろうとしないのだ。だから、私が実の父にあんな仕打ちをされていても、誰も止めようとしない。いや、あのような事をされているとも気付かないのだ。
私は、井戸へ行き顔を洗った。
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