本編

4/9
前へ
/9ページ
次へ
 と、私の着物に手を掛けたのだ。  十一歳の私でも、それが何を意味しているのか、すぐに悟った。  悲鳴を挙げようとしたが、その口には手拭いが押し込まれ、無理矢理に実の父親である男のものを、捻じ込まれてしまった。  それが、地獄の日々の始まりだった。 ◆◇◆◇◆◇◆◇ 「それは、さぞ辛かっただろうねぇ」  目の前に座した男がそう言うと、私は小さく頷いた。 「そう簡単に言っちゃいけないのだろうけど」 「いえ……」  男は、益屋淡雲(ますや たんうん)という。益屋という両国広小路での両替商を中心に、米問屋、材木商、薬種問屋、海運業と手広くやっている豪商で、この〔慈寿荘(じじゅそう)〕と名付けられた、この寮の主でもある。  私は、その母屋にある客間に案内された。そこからは、大きな池と竹林を望む事が出来る。 「それで、此処に来た理由は?」  淡雲の目が光った。歳は六十ほどだろう。小太りで中背。終始笑顔で人の善さそうな印象を受けるが、目の奥は笑ってはいない。 「それは……」 「話を聞いたのだね?」  私は頷いた。  その通りだった。本当に困った事があれば、根岸にある慈寿荘へ行くと良い、と。     
/9ページ

最初のコメントを投稿しよう!

11人が本棚に入れています
本棚に追加