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それを教えてくれたのは、元町で番太をしていた抱非人の老爺だった。その老爺は、ある日の夕方に私にそっと近寄って、
「いよいよって時は、慈寿荘に行くといい。儂には助けられないが、そこならお前さんを救ってくれるだろう。だから決して、自分の綺麗な手を穢す真似はしちゃいけねぇよ」
と、耳打ちしたのだ。
「そうか。そうなのだな」
淡雲は腕を組んで頷いた。
「それで、どうしたいんだい?」
「どう……って」
「有り体に言えば、二つ。お前さんを此処で匿うか、その外道を殺すか」
殺す。父に抱かれている時、何度も考えた事だった。しかし、それがいざ現実味を帯びた言葉になった時、怯む自分がそこにいた。
「あ、当然だが、お代なんていらないよ。私は銭でこんな事をしているんじゃないんでねぇ」
「でも」
「それに、払うものも無いだろう。で、どうするか決めておくれ」
「殺してください」
私は、意を決して言った。
「うん、それがいい。そうした外道は殺すに限る」
と、淡雲は笑みを浮かべて二度頷いた。
「でもね、お前さんは気に病む事は無いのだよ。殺すのは私達なのだからね」
それは考えていなかった。父が死んだ後、私が罪悪感を覚えるのか。それは判らなかった。幼い頃は、可愛がられた記憶がある。しかし、この二年の間に募った憎悪が、全てを塗り潰している。
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